《・・・・・・・》
《・・・・・アタシ・・・・・生きてる・・・・!?》
アスカの視界には、L.C.Lの海が無限とも思える悠久さを湛えて広がっていた・・・
《・・・あ・・・・》
ふと、“あの時”の怪我が気になり、何気なく自分の右手を見る・・・
しかし
《・・・・・・ない・・・・・・アタシの・・・・右手・・・・》
・・・それだけでは・・・ない・・・・自分の両足も・・・・・何も・・・・・
《・・・・ない・・・・アタシの・・・・・・》
《・・・・からだ・・・・》
《・・・・死んだの?・・・アタシ・・・・》
《・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・》
《・・・なぁんだ・・・・そうか・・・・・》
《・・・はは・・・・》
《・・・何だか・・・あっけなかったわよね、アタシの・・・人生って・・・》
《・・・でも・・・もういい・・・・》
《・・・なんか・・・・疲れちゃったし・・・・》
《・・・こうしていると・・・・楽・・・・・・》
《・・・・・頭が・・・・ぼんやりする・・・・》
いや、もはや“頭”というべき物は、既に存在していなかった・・・・
何も考えられない・・・・・
考えたくない・・・・
アスカの肉体を構成する物質は、L.C.Lの海を急速に拡散してゆく・・・・
自我境界があいまいになり、その意識はじわじわと沁み出し、L.C.Lへと流出しつつあった
一つの小さな魂の灯火が、消えようとしていた
《・・・・・ぁ・・・・・・》
《・・・・ア・・・タシ・・が・・・・・・・・・消え・・・・る・・・・・・》
《・・・・消え・・・ちゃ・・・・・う・・・・・》
《・・・・・いや・・・・・・》
《・・・・死ぬのは・・・・いや・・・・》
《・・・だれか・・・たすけ・・て・・・・》
《・・・・・ママ・・・・ァ・・・・・》
《・・・・・シン・・・・・ジ・・・・・・》
微かな・・・・・拒絶・・・・・
《・・・・・・・・!?》
《・・・・・・誰か・・・・来る・・・・・・》
L.C.Lの海に、かすかな波紋が広がる
急速にアスカの思考が活性化する
それに伴い、おぼろげながら自我境界が形成を始める
《・・・この感じ・・・まさか・・・・》
《・・・シンジ?・・・》
アスカは胸の高鳴りと・・・・同時に腹の底からふつふつと湧き上がる怒りを覚えていた
《・・・いや・・・来ないでっ!!》
《・・・誰が・・・》
《・・・誰がアンタなんかにっ!・・・・》
《・・・アタシを・・・・見殺しにしたくせに・・・・》
《・・・無視・・・したくせに・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・ひどい事・・・したくせに・・・》
だが、その暖かい波紋がアスカをとらえる
・・・あるはずのない、アスカの手首を捉まれたような気がした・・・
・・・そして・・・
ゆっくりと、アスカの体を包み込んだ
《・・・あ・・・・やあ・・・・》
《・・・だ・・・・・だめ・・・・・》
《・・・・ぁ・・・・》
まるで・・・・魂が抱きしめられているみたいだった・・・
《・・・あたたかい・・・》
《・・・シンジ・・・》
・・・嬉しかった・・・ずっと・・・・・こうしてくれる事を望んでいたような気がする
・・・それは・・・偽りようのない、アスカの本心であった
《・・・・・・・ア・・・・・アタシ・・・・・・・》
《・・・・シンジが好き・・・・》
《・・・シンジに逢いたい・・・》
《・・・でも・・・・・》
《・・・・・許さない・・・・》
《・・・・・絶対許さない・・・・》
《・・・許して・・・・あげない・・・・》
《・・・・キライ・・・・》
《・・・・・スキ・・・・・》
《・・・・キライ・・・・》
《・・・・・・好・・・・・・・き・・・・・・》
その数時間後
アスカはシンジの背中の上で眠っていた
まるで・・・揺りかごにゆられるように・・・
Episode.2 ブルー・ベイビー・ブルー
ジ―――ジジジジ―――
夕べのひんやりとした空気から一転、焼け付くような日差しが足下をジリジリと焦がす
僕はアスカをおぶさりながら、廃墟と化した第3新東京市郊外を彷徨っていた
背中では、アスカがすやすやと寝息をたてていた・・・・・・アレ以来、まだ眠りから醒めないままでいた・・・・・
でも、アスカは確かにここにいる
彼女の吐息が耳元をくすぐる・・・・・
背中から伝わってくる君の温もりが、嬉しかった
とにかく、水と食料が必要だった
たいした当てもなく都市から外れのほう、山間部の入り口あたりを目指して歩いていた
ただ、ジオフロント掘削時の記憶から、たぶんその辺りは大丈夫だろうという確信はあった
正直、歩き詰めでかなり疲れていたが、そこまでは何とかたどり着こうと心に決めていた
それから30分程歩いただろうか、やがて小さな住宅街らしきものが視界に映る
予想通り、山すその辺りはほとんど被害を受けていなかった
《・・・やれやれ、助かった・・・》
ほっとした途端、疲労で全身が鉛のようにずっしりと重くなる
歩き詰めで、喉がカラカラだ
そろそろ・・・・体力的にも限界が近い
僕はよろけつつも最後の力を振り絞り、誰もいなくなってしまった通りを歩く
そして・・・・
真っ先に僕の目がいったのはコンビニだった。
『・・・・不思議だな・・・・』
奇妙な安堵感
こんな事になるまで考えた事もなかったが、有事の際、コンビニの存在は非常に心強い
何しろ、生活に最低限必要なものは揃っているし、しかも通りを少し歩けば必ず一軒や二軒は見つかる
さっそく中に入ってみると、案の定、沢山の食料や、ちょっとした衣類があった
当たり前だけど、店員も、お客も誰一人としていない
《・・・とりあえず、喉が渇いた・・・》
僕はアスカをカウンターの上に寝かせると、奥の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出そうとした
《・・・あれ?》
《・・・・・・冷たい・・・・》
よく見たら、冷蔵庫からはひんやりと冷気が流れ出している
それに・・・よく見て見ると、店内の照明も点いたままだ
《・・・電気が来ている?》
そんな素朴な疑問も、喉の渇きには勝てなかった
とりあえず僕はミネラルウォーターのキャップを捻り、一息に飲み干す
《・・はあ〜っ・・生き返る・・・》
よく冷えていたので、眉間がツーンとくる
人心地ついた所で、僕は先程の疑問に思いをめぐらせる
《・・・・どういうことだろう?・・・・》
ヒトが、いない世界なのに何故電力が供給されている?
僕はひとしきり考えてみた
《自家発電?・・・・いや、さっき廻りを見たけど、それらしいものはなかった・・・》
が、元々そのような事に明るくない自分としては、結局のところよく分からない
《とにかく、電気が来ている・・・・それは助かる・・・・》
僕はあまり深く考えずに、この恩恵にあやかる事にした
僕は、思い違いをしていた
実際の所、水力にせよ、火力にせよ、発電ユニットはコンピューターで完全に制御されているので、人がいようがいまいが電力供給だけは健在だった
無論メンテナンスもあるので、例えば消耗の激しい火力発電ユニットなどはそう遠くない将来に不具合を起こし停止してしまうであろう
だが、J.Aの例からも判る通り、この時代には既に核融合発電が実用化されていた
まあ、当分の間は電気に困る事はないが、無論この時点での僕にそのような事までわかるはずもない
僕は主のいなくなったコンビニの中を練り歩き、必要なものを籠に入れた
とりあえずミネラルウォーターにレトルトや缶詰などの当面の食料や、それに衣類を少々戴いていく事にした
特に、アスカは僕のYシャツ以外、何も身に着けていない
少し恥ずかしかったが、女性モノのショーツがかかっているコーナーに目をやった
正直、女性の下着を見るのは初めてではない。
以前はコンフォートで暮らしていた時にミサトさんやアスカの下着を洗濯していたのは僕だったからだ
ただ、今にして思うと、二人ともなんて無防備だったんだろうと思う
それとも、僕の事をオトコとして見ていなかったのだろうか?
《・・・・・・・・・・・・》
・・・・あまり考えていると凹むので、追憶はやめにした
それはさておき、小さく丸まっている女性の下着の良し悪しなんて、僕にはよくわからない
ただ、あまりヘンなものを持っていったら、後でアスカにこっぴどく叱られそうな気がしたので、せめて色だけでもアスカに似合いそうなものにしよう・・・そう思った
《・・・・というか、僕が着替えさせたって知ったら殺されるな・・・多分・・》
《・・・・一応、心の準備だけはしておこう・・・・》
《・・・あ・・・これ・・・・》
僕が手にしたのは、ベイビー・ブルーのショーツだった
その、淡いパステルカラーの青が、アスカの瞳の色と重なった
無論彼女の瞳は深い海の色なので、それは似ても似つかない色のハズだった
多分、今までになくアスカに対してやさしい気持ちになっていたから、そう見えたのかも知れない・・・
僕は・・・・それを籠に入れた
それから僕らはコンビニを後にし、この辺りの建物を片っ端から見て回った
その中から一軒の家屋を選び、そこを今夜の仮住まいとする事にした
中に入り寝室を見つけると、そのベッドにアスカを寝かせる
それから、さっき調達した食料を持ってキッチンへと向かう
この家を選んだ理由は、給湯・レンジ等の設備がオール電化されていたからである
電力供給が続いているのなら、電気だけで全ての設備のエネルギーを賄えるこの家は都合がよいという判断だった
それと・・・・
台所を預かる身としては、電磁調理器に興味があったというのが本音だ
習慣とは言え、我ながらなんだかなあと思う
こんな時代になってさえ、調理器具の検証をしようというのだから
僕が作る料理を食べてくれる人は、多分・・・もうアスカしかいない・・・
『・・・・・・・ミサトさん・・・・・・』
ぽつりと呟く
分かっていた事とはいえ、やはり辛かった
元の人間に戻って、じわじわとその現実の重さが僕の心にどんよりとのしかかる
胃が・・・きりきりと痛む
後悔の念は尽きない
でも、僕はもう振り返るわけにはいかない・・・・
僕には・・・・・アスカがいる
彼女を救いたい・・・
《・・・いや・・・・違うかな・・・》
それは傲慢
その想いは決して嘘ではない・・・・けれど
《・・・本当は・・・・アスカ・・・・君と・・・・・》
どうも、僕の思考はまだ混乱しているらしいと気付く
今の僕の気持ちを紡ぐには、まだ・・・時間が必要なのかも知れない・・・
《しばらく・・・ここに滞在しよう・・・》
そう、思った
僕はキッチンに入り米を磨ぎ、電磁調理器に鍋を載せた。
当面の食料は、コンビニから調達したミネラルウォーターや缶詰、レトルトなどで間に合わせられる
生ものや野菜はとうに賞味期限が過ぎていたため、レトルトで野菜を取ろうと思う
そのままでは味気ないので、フライパンに火をかけ(この表現は不適切かも知れないが)、ありあわせのものを炒めて自分で味付けをした
《・・・こうして料理が出来るのも、あの暮らしがあったからだよな・・・・》
僕は・・・・今は亡きかつての同居人にそっと感謝した
料理をお膳にのせて寝室へ戻ると、アスカは・・・まだ眠ったままだった・・・
息はしているが、一向に目覚める様子のないアスカ・・・
《・・・・昏睡しているのか?》
もし、このままずっと目覚めないようなら、医者に見せないといけない・・・・・
・・・と、思いかけて気付く
《・・・そんなもの・・・・いるわけない・・・》
急に、心配になる
《・・水分くらい、とらないとまずいよな・・・・》
そう思うと僕はアスカの上体を抱き起こし、コップを口に運んでみた・・・・が
『・・ぐ・・・・ごほ・・・げほ・・げほっ!!』
むせ返るように吐き出してしまう
『ご、ごめん・・・大丈夫?アスカ?』
僕はアスカの背中をさする
だが、不思議とアスカは目を覚まさない
《・・・むせ返っているのに、起きないなんて・・・》
アスカはもうあれからまる一日、何も口にしていない
ひょっとして、君はもうとっくに目を覚ましているのに、僕を拒絶しているの?などとあらぬ不安にかられたりもした
《どうしよう?》
・・・・しばしの逡巡・・・・
《・・・仕方がない・・・》
僕はアスカの愛らしい口を指で小さく開かせる
少しためらったが、僕はコップの水を口に含み・・・・・・
・・・・・口移しで飲ませる事にした
無防備にすやすやと寝息を立てているアスカはかわいらしかった
僕はどきどきしながらその愛らしい唇にそっと口をつける
《・・・やわらかい・・・》
いつかのキスとはちがう・・・あの時の僕はまだ本当に子供だった・・・・
『・・・・ん・・・・んん・・・』
アスカの声が小さく漏れる
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・かわいい・・・・》
胸が熱くなる
動機が激しくなり・・・
頭の中が、真っ白になる
《・・・ダメ・・・だ・・・》
気がつけば、僕はアスカの唇に夢中になっていた・・・・
口に含んだ水は・・・・とうに飲み込んでいた・・・
『・・・・・・・ぁ・・・・・ん・・ん・・・』
アスカの溜息が零れて、はっと我にかえる
《・・・・・何を・・・・・しているんだ・・・・・僕は・・・・》
・・・・軽い自己嫌悪がシンジを襲う
『・・・・ごめん・・・・・アスカ・・・・』
気を取り直して再びコップの水を口に含む
再びアスカを抱きよせる
すると・・・・
《・・・ん?・・・・あれ?・・・》
心なしか、アスカの頬が紅潮しているような気がした・・・・
《・・・・気の・・・・せいか?・・・・いや・・・・》
アスカはあれからずっと何も口にしていない
脱水症状を起こしてるのかも知れない・・・・
《・・・そういえば、体も少し熱くなっているような気がする・・・・》
そう思うといてもたってもいられなくなった僕は、早速口移しで・・・・
・・・・少しずつ・・・
・・・・少しずつ・・・
・・・アスカの口内へ・・・・
・・・静かに・・・・水を流し込んだ
彼女は無意識のうちに、ごくりと水を飲み込む・・・
それを何度となく繰り返す
火照っていた体が、少しずつ冷めていくような気がした
《・・・でも、水分ばかりじゃ体力が持たないよな・・・・》
《何か・・・液状で栄養が取れるものがいいのかな?》
スープのようなものを作ってみようかとも思ったが、実際それを飲ませている状況を思い浮かべると、何だかアブナイ気がしてきた
《・・・もう・・・しばらく様子を見よう・・・》
仕方なく、僕は一人で食事を済ませた
人心地つくと、今度は体臭が気になり始めた
髪の毛はベタつき、体もじっとりとして気持ち悪かった
《無理もないよな・・・炎天下の中を一日中歩き詰めだったんだし》
僕は立ち上がり、浴室へ向かう
中に入り蛇口を回すと、ありがたい事に水が出た
早速浴槽にお湯を張る。久しぶりにシャワーを浴びられると思うと少しだけ嬉しかった
それに・・・・アスカにも、シャワーを浴びせてあげたかった
・・・・・というよりも、アスカには、いつも綺麗でいて欲しかったというのが本音だったりする
この美しくもプライドの高い少女を、汗だくのままにしておくなんて事はとても考えられない
アスカと一緒にお風呂に入る恥ずかしさよりも余ほど耐えられなかった
僕は・・・・少しためらいながら、アスカの衣類を脱がせた
といっても、僕の着せたYシャツだけなのだが
なるべく、見ないようにしようとしても、どうしても僕の瞳は彼女の肢体に釘付けになった
・・・・・綺麗だった・・・・・・
自分の中で何かがこみ上げてくるのをやっとの思いで押さえつける
このままではとても耐えられそうにないので、バスタオルで体を覆う
《・・・最初は・・・髪を洗う事にしよう》
僕はアスカを抱きかかえて浴室に入る
彼女をそっと降ろし、僕の膝の上に横にさせた
それからシャワーの蛇口を捻る
手首にお湯を当て、温度が安定するのを待った
顔にお湯がかからないように気をつけながら、僕はアスカの美しいブロンドヘアーにシャワーを浴びせた
シャンプーを手に取り、濡らした髪にゆっくり延ばしてゆく。
指で髪を梳き、頭皮をマッサージするように擦る
《・・・これは・・・思ったより大変だぞ・・・》
アスカの髪は長い
これだけのボリュームのある髪を洗うのは結構な労働である
ましてやこれを美しいままに手入れをするのは相当な手間だ
僕は彼女の髪を丹念に洗っては、シャワーで洗い流す
それを数回繰り返した
《・・・女の子って、大変なんだな・・・》
僕はしみじみそう思った
髪を一通り洗った後、今度はアスカの体を洗う事にした
僕はどきどきしながら、彼女の体に巻きつけてあるバスタオルを取り去る
彼女の体を支えながら、かけ湯をしようとした
・・・しかし
『むにゅ♪』
『わっ☆☆☆』
アスカの二つの胸のふくらみが僕の胸に押し付けられる
気が遠くなりそうになりながら、身をかわそうとするがどうもうまく支えられない
《こっこれって・・・ちょっと無理があるのかな?》
アスカの体は華奢で軽いハズなのだが、意識を失っているせいか、ずっしりと重く感じる
《まいったなあ・・・完全に脱力してるからこれはホネだぞ・・・》
これで石鹸を使って洗いはじめたら、つるつる滑ってとても支えるどころではない
《・・・う〜ん・・・・どうしよう?》
《・・・・・・・》
《・・・・・・・》
《・・・・・・・・あっ!》
僕は急に何かを思い出す
《そういえば、前にテレビで見た・・・・》
《介護の人が、お年寄りの体を洗うとき・・・確か、こう・・・》
僕はアスカを抱きかかえると、その体をゆっくりと浴槽に浮かべた
手を離すと沈みそうになるので、僕も浴槽に入り、アスカを抱きかかえる
《・・・そうか・・・浮力が働くから、支える力が少しで済むのか・・・》
《・・・これなら何とかなりそうだ》
早速僕はスポンジに液体石鹸を含ませる
そしてその白く美しい肌をやさしく、そっとこすった
『・・・・ん・・っ(びくっ)』
『・・・えっ?(どきっ)』
『・・・・・・・・』
『・・・・・・・・』
『・・・・・・・・』
『・・・ほっ・・・』
心臓が・・・止まるかと思った
こんなタイミングで目覚められたら最悪だ
その後も・・・時折、アスカが『・・ん・・っ』と声を上げるたびに、僕はドギマギした・・・・
『・・・やっ・・・ちょ、ちょっと、アンタなにしてんのよっ!!信じらんなぁい(涙)』
『バシィッ!!』
『ぐはあっ!』
なんてやりとりが、聞こえてきそうな気がした。
もし本当に目覚めたら、怒ってしばらく口を聞いてくれないかも知れない
それでもいい
アスカにバカにされた日々が、むしろ懐かしかった
『・・・・アスカ・・・・逢いたいよ・・・・』
僕は、ぎゅっとアスカを抱きしめた
蒸かし肉まんみたいにほかほかになって、僕らは浴室を後にした
抱きかかえられたアスカは、頬がほんのりと赤みを射し、濡れた髪とあいまってなまめかしかった
僕はアスカの頬に軽くキスをして、ベッドに横にした
コンビニで調達した下着とTシャツを着せた
・・・・・胸元の突起した部分に、心が乱される・・・・
『・・・・君を・・・・・抱きたい・・・・』
僕は何度もその衝動にかられる
そして何度も気を取り直す
それを数回繰り返した後・・・・
『ゴツッ!!』
僕は・・・自分で自分の顔を殴った
幾分冷静になった僕は、タオルでアスカの濡れた髪の水気をやさしく吸い取った
そして一人呟く
『・・・あの時、僕はアスカが動けないのをいい事に、酷い事をしてしまった・・・・・
あの事だけじゃない
その前だって・・・もっと酷い・・・
思い出すのだけでも自分自身を呪いたくなるような事を・・・してしまった・・・・
本当は・・・・アスカに合わせる顔なんてない・・
・・・でも・・・・・』
その時の悔恨の念が、かろうじて僕を踏みとどまらせていた・・・・もう、あんな思いをするのはいやだった・・・・・
『・・・・ごめんよ・・・・アスカ・・・・僕は・・・
君にどんな償いでもするつもりだよ・・・・
赦して欲しいなんて・・・思ってないよ・・・』
そうつぶやくと僕は、眠り姫にそっとキスをして抱きしめた
四日目の朝、僕は寝不足が続いてすっきりしない目を覚ますために、コーヒーでも淹れようとキッチンに立っていた
『・・・だめだ・・・もう限界だ・・・・』
アスカに手を出さないと自らに誓ったものの、現実にはかなり辛いものがあった
改めて見るアスカは、それはもう半端ではない美少女だ
それがもう数日も、無防備のままかわいらしい寝顔をシンジの前に晒していた
何よりもつらいのが、アスカをお風呂に入れるときだった
初日は何とかこらえたものの、二日目以降はもう地獄だった
夕べなど、うっかりアスカの胸に触れてしまい、シンジの頭の中は真っ白になった
こめかみやら、あらぬ処から、血が吹き出そうだった
冷蔵庫の中のレギュラーを取り出しながらシンジは思う
《もうそろそろ目が覚めてくれないと、身が持たないよ・・・》
なんか、鼻血が出てきそうだ・・・
食器棚からサーバーとドリッパーを取り出し、ペーパーを仕込んで細引きのコーヒー豆を入れた
お湯を注いだが、少し古いのかあまり膨らまない
僕はその場でコーヒーを一口含んだ・・・・酸味が強すぎて、あまり美味しくなかった
《・・・何だか・・・一度“神”になったってのに・・・・》
《・・・・情けないなあ・・・・僕って・・・》
『・・・・・・・・』
『・・・・?』
寝室の方から、声が聞こえたような気がした・・・・
『・・a・e・・・・g・・・』
《・・・誰か・・・いる?》
僕は急いで立ち上がり、アスカのいる寝室へ向かう
《・・・まさか・・・人がいるなんて・・・》
迂闊だったとシンジは思う
《・・・アスカにもしもの事があったら・・・・くそうっ!!》
ドアの前に立つと、中から異国の言葉らしきものが聞こえる
『・・h habe ・・nge・』
《・・・えっ!?・・・?・・??》
《・・・なんだろう?・・・・この違和感・・・?》
僕は直感的に何かを感じていた
しかし、それ以上にアスカの身が心配だった
《・・・何を・・・躊躇してるんだ!?》
一瞬何かが僕の心をよぎるが、それを振り払うように叫ぶ
『ァ・・アスカッ!入るよっ!』
僕は勢いよくドアを開け、中に飛び込んだ
『ich habe hunger・・・・・?』
『・・えっ?・・・・アスカ?・・??』
中にいたのは、アスカ一人だった
そう・・・・彼女は既に目覚めていた
《・・・アスカ・・・》
《・・・よかった・・・・》
僕は、思わずアスカを抱きしめた
『・・・・・・・・・』
『・・・・Wer bist du?』
『・・・・えっ・・!?』
アスカの・・・・様子がおかしい・・・・
『Ich bin Shinji.』
《・・・え・・・ひょっとして・・・・ドイツ語?》
『Guten Morgen!』
そういうと、アスカは僕に抱きついてきた
『えっ?・・・あっ・・・・ちょ、ちょっと、アスカ?・・??』
だが、アスカは離さない
僕にしがみついては
『ich habe hunger』
を繰り返して僕に甘えた。まるで幼子のようにいたいけな瞳で見つめてくる
『・・・い・・一体・・・何の冗談だよ・・・アスカ?』
だが、その瞳を見る限りでは冗談には思えなかった
真剣で、それでいて困り果てたような表情で僕に擦り寄っていた
『・・・しかしなあ・・・・』
困り果てたのは僕も同じだった
《・・・・何でまたドイツ語なんだよ・・・・》
久しぶりの再会なのに悪い冗談だと思った
ただ、アスカの方から抱きつかれるのは嬉しかった
海の色をした瞳が、真っ直ぐに僕を見つめている
《・・・こんな事って・・・初めてだよな・・・確か・・・?》
アスカの・・・碧い瞳を見るのも、何だか久しぶりで嬉しくもあり・・・
《・・・・・・・・・きれいだ・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・かわいいなあ・・・・・やっぱり》
ずっとこうしていたい気もしたが、実際このままでは拉致があかない
『・・ごめんよ、アスカ・・・悪いけど、日本語で話してくれるかい?』
『・・・・・・!!』
ふと、アスカの表情が変わった
『・・・・・アスカ?』
『・・・・・・・・・』
アスカは黙っている
『・・・僕・・・何か気に障ることでも言ったかな?』
アスカは・・・暫く驚いたような瞳で僕を見つめていた
そして何かに合点したのか、その碧い瞳が大きく見開かれ・・・・
その愛らしい唇がゆっくりとひらかれた・・・
『・・・お兄ちゃん・・・・』
『・・・・・えっ?・・・』
『・・・・ママと・・・』
『同じ言葉を話すの?』
『・・・・な・・・んだって・・・・・?』
『・・・・・お腹すいたよぉ・・・・・お兄ちゃん・・・』
『・・・・ァ・・・・・アスカ・・・・・ま、まさか・・・・・・』
『・・・アタシ、シチューが食べたい〜♪』
《・・・・アスカ・・・・・君は・・・・・・》
『・・・ねぇ、ママはどこ?』
『・・・そんな・・・・』
『ママァ〜〜ッ?』
『・・・・・そんな風にしか・・・・・・出来なかったの?』
『・・・・お兄ちゃん?』
『・・・・ぐすっ・・・・』
『・・・・・泣いてるの?』
『・・・・ごめん・・・・』
『・・・どこか痛いの?』
『・・・・ごめん・・・・』
『アスカが撫でてあげるね?』
『・・・・・・・・』
『ねぇ・・・』
『・・・・ごめん・・・・』
『泣かないで』
『・・・・・・・・』
『アスカも哀しくなっちゃうもん』
『・・・・うっ・・・・うっ・・・・・』
『泣かないでよお・・・・ひっく・・・・えっ・・・・』
アスカは、僕にしがみつき『泣かないで』とすすり泣いた
・・・・そんないじらしいアスカがいたましかった・・・・・・
彼女の魂は、僕への愛情・・・・そして僕への憎悪という、二つの相反する感情の折り合いを付けられなかった・・・・・
そんなアスカが唯一選んだ道
“退行への緊急避難”
僕に愛され・・・・・・そして僕を・・・・・・・赦さない
彼女がかろうじて自我を保ち、現実世界への帰還を果たす・・・・ただ一つの手段・・・
それが・・・・これだとは・・・
どんなにも・・・・・
どんなにも・・・・・深く・・・・・
僕は・・・アスカを苦しめていたのか・・・・
二人の嗚咽が、小さな部屋の中からいつまでもいつまでも聞こえていた
・・・アスカのすすり泣く声・・・
それは・・・・どうしようもないところまで行き着いたアスカの・・・・・心の雨
最低だ・・・
最低だ・・・・
最低だ・・・・・・・・僕は・・・・・
2006/3/02 掲載