時に、西暦2027年


それは、突如として現れた。


かつての松代大本営跡地、いや、ほんの12年前までは松代第二実験場と呼ばれていたその地は、現在は『Cherubim(ケルビム)』と呼ばれる組織の研究施設となっていた。


その上空に出現した異形の者は蠅のような醜悪なフォルムを有し、それはあたかも偽りのソロモン王、暴食を司る堕天使『ベルゼブル』を思わせた。





『目標は以前、本所上空で旋回中!』


『なんてことだ、早すぎるぞ!』


『やはり、起動させたのが原因か』


『今、それを言っても始まるまい・・・・奴の方はどうした?』


『現在、地下リニアトレインに固定中!20秒後には出せます!』


『急げ!ここで本格的に起こされたら5分と持たんぞ!』


『・・・碇夫妻はどうした?』


『先週から有給とってますから、おそらくは市の自宅に戻っているかと・・・』


『ふん・・・・不幸中の幸いといったところか・・・・・一応やつにも知らせておけ!』


『えっ?・・・いや、しかし・・・・・』


『真実を教える必要はない!・・・客観的事実だけを伝えておけ!・・・・彼等にはまだ死なれるわけにはいかん』


『了解!』


所内放送が管制室内に響き渡る


【『コードL』搬送準備完了!10分後には、第4新東京市に到着予定!】


『よし!・・・射出しろ!』


『了解!!コードL、射出します!』


『・・・アレの準備はどうなっている?』


『それが、あまり芳しくないようですね・・・・パーソナルの改ざんに思いの他手間取っているようです』


『ふん・・・・所詮はプログラムに過ぎんよ。いささか時期尚早だがやむを得まい。多少は無理をしてでも出させろ!』


『目標は、南下を開始!動きます!』


『正規軍には直接戦闘は避け、足止め程度に止めるよう伝えておけ!・・どのみち通常兵器など何の役にもたたん!・・・いたずらに被害を広げるだけだからな』


『12年ぶりか・・・・・いやなものだな』


『だが、知ってしまった以上、もう後戻りは出来ない』


『ああ、もうあんな悲劇はごめんだがな・・・』

















Cherubim(ケルビム)



















第4新東京市郊外に、早朝からサイレンとアナウンスが響き渡る。


【本日8時20分。信越地方を中心とした、中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は、速やかに指定のシェルターへ避難して下さい。繰り返しお伝えします〜】


『一体何があったのかしら?』


洗濯物を庭に干しながら、レディッシュ・ブラウンの髪の女性が呟いた。


『せっかくの有休だってゆうのに、冗談じゃないわねぇ』


窓から身を乗り出した男が、その女性に声をかける。


『アスカ!』


『シンジ・・・・・あなた!・・・何だと思う?』


『うん・・・』


『警報なんて、今まで一度だって出された事ないのに!・・・・・』


《・・・そう、あの時以来・・・》


一瞬、忌まわしい過去の記憶が彼女の脳裏に浮かんだ。

忘れようと封印していた記憶が蘇り、ウルトラマリンの美しい瞳に影を差した。


『・・・・アスカ?』


その男は彼女の顔を心配そうに覗き込んでいた。


『あ・・・・ご、ごめん・・・なんだっけ?』


自らの思いを断ち切るように、首を左右に振りながら話を戻す。




《・・・・忘れるのよ、アスカ!・・・・・もうあんな事・・・・起こりっこないんだから・・・・・》








『どうもよくわからないんだけど、今、松代から連絡があったよ。とにかく避難した方がいいらしい』


『何よそれぇ!さっぱり要領を得ないじゃない!アタシら誰だと思ってんのよ!・・・ケルビムの連中は何考えてるのかしら!?』


『同感だ・・・・けど、こうしているわけにもいかないだろ?』


『そおねぇ・・・サラとハガルはどうしてるの?』


『ハガルはまだ寝てるよ。サラは絵本を読んでる。』


『じゃ、シンジはサラと出かける準備をして!アタシはオムツとか用意してるから』


『あ、アスカ・・待って!』


『えっ?・・・・あ・・・ごめん・・』


そういうとアスカはシンジのそばに駆け寄り、そっとキスをした。

















11年前、ゼーレを中心とした国連は事実上解体し、現在は補完を逃れ、元の人間に戻れた人々によって新たな支配体系が確立されつつあった。


その組織の名は『Cherubim(ケルビム)』と呼ばれていた。

楽園への門を閉ざす天使ケルビム・・・・そこにはもう二度とあのような悲劇を繰り返すまいという、人々の願いが込められていた。

ケルビムの統治下の世になって以来、人々による大きな争いもなく平和な日々が続いていた。

緊急警報が鳴るのは、避難訓練の時だけだった




『パパァ、ボタン入んないよう』


『大丈夫、ちゃんと入るからもう一度やってごらん♪サラ』


『シンジっ!ほら、もういくわよ!・・・ID忘れないでね』


『うん・・・さぁおいで・・・行くよサラ』


『うん♪』




彼らの住んでいる第4新東京市は、松代より約280km南下した所に位置する。

そこは、前世紀に諏訪湖と呼ばれていた場所を埋め立てて建設された街であり、現在の日本政府の首都でもあった。

二人はまだ20代半ばでありながら、第4新東京市郊外の一等地に住んでいた。

かつて人類を救ったセカンドチルドレンとサードチルドレンである彼らは、ケルビムの間で『新世紀のアダムとイヴ』と賞され、第一等市民として優遇された生活を送っていた。




『・・・・せっかく久しぶりに我が家に帰ってきたのに・・・・』




まだ二才になったばかりの娘ハガルを抱きながら彼女は呟いた。

彼らが向かっているのは諏訪大社下社の地下にあるシェルターである。

自宅から歩いて5分程のところにそれはあった。


平和な時代にあっても、チルドレンとして常に死線に晒されていた彼らは、自然とそのような場所を住居として選んでいた。

それは先の戦争が彼らの心に刻んだ傷跡でもあり、また守るべき家族が増えた事も関係していたのかも知れない。




『うん・・・ま、しかたないよ。非常事態だしね・・』


『だって、まだドイツから帰ってきて半年も経ってないのよ!・・・・あの家に戻ったのだって数えるほどしかないじゃない!』


『非常事態宣言が解除されれば、すぐに戻れるよ・・・・シェルターに非常用のリニアがあるから、それで一旦松代に戻ろう』


『あ〜あ、また施設内の託児所の世話になんなきゃいけないのかぁ・・・』




ふと、アスカは第4新東京市の高層ビル群を振り返る。




『ねぇシンジィ・・・ここって第3新東京市に似てない?』


『・・・そうだね・・・山にも囲まれてるし、確かにそうだ』


『案外あのビル、地下に潜っちゃったりなんかして♪』


『ははっ・・・まさか、あり得ないよ。だってそんなもの、もう必要ないわけだし』


『ふふ・・・それもそうね』


二人は目線を戻し、シェルターへと足を向ける。その時、彼女に抱かれていた子が目を覚ました。


『・・・マァマ・・・♪』


『あら、ハガル起きたの?おはよ♪』


『・・あえ♪・・』


幼いハガルはたどたどしくある方向を指差した


『なあに♪・・・・・・・えっ・・・・・・』


彼女は驚きのあまり、そこに立ちつくしてしまう。


『・・・し・・・・シンジ!・・・ちょっとアレ!!』


『えっ?・・・・・・あっ!!』


彼らが目にしたものは・・・・それはかつて何度となく目にした光景でもあった

それは・・・第4新東京市の高層ビル群が沈降し、代わりに兵装ビル群が姿を現す光景であった






『・・・そ・・・んな・・・・バカな・・・・』






シンジは舌打ちし、ギリと苦虫を噛み潰した





2005/8/26 ケータイ版に掲載
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