Fallen Angels







『・・・あや・・・な・・み・・・・・』


・ ・・・忘れるはずもなかった・・・・その少女の面影は、綾波レイそのものだった・・・・・


すれ違いざまにその少女はシンジに一瞥をくれるが、特に関心を示すと言った様子もなく、そのまま第四新東京市の中心部に向かう通り沿いをゆっくりと歩いていった。その瞳は、やはりルビーのように燃えさかる紅い色をしていた。


シンジは無意識にその少女を目で追っていた。そして、ふと我に返る。


《・・・僕は、どうかしてしまったのか?・・・・綾波が、ここにいる筈がない・・・》


使徒迎撃要塞都市の出現といい、使徒といい、既に失われてしまったハズの物が、次々と現れてくる。そして今度は綾波の幻影がシンジを軽いパニックに陥らせていた。


『・・・シンジ?』


シンジの異変に気付いたアスカは、心配そうに彼を見つめていた。


『・・あ・・アスカ!・・・綾波が・・・・・』


『・・ん?・・??』


シンジはそう言いかけて口を噤んだ。


《・・・・いや、やめておこう・・・・・確信もないのに、アスカを混乱させたくない・・・・だけど・・・・・・》


何かが起きている。だが今のシンジたちには一般市民同様にその事実が隠蔽され、何も知らされずに今の事態に直面させられている。それはまぎれもなく“事実”であった。


《・・・真実を知る必要がある・・・ケルビムは、僕に黙って裏で何をしているんだ・・・・・》


意を決したシンジは、アスカにこう切り出した。


『・・・アスカ・・・・二人を連れて、先に松代に行っててくれないか?』


『・・・・えっ?・・・』


予想外のシンジの言葉に、アスカは狼狽した


『僕は・・・・ここに残るよ・・・・調べておきたい事があるんだ・・・・・』


『!?』


アスカは、シンジが何故ここに残ると言い出したのかを瞬時に理解した。だが、それは到底アスカに受け入れられるものではなかった。


『・・・イヤッ!!・・・シンジが残るのならアタシも残る!!』


『・・・それはダメだ!!・・君まで残ったら子供たちは誰が守ってあげるの?』


『で、でも・・・離れ離れはイヤッ!!・・・・それだったら、シンジも一緒に逃げようよぉ・・・・』


今のシンジは、普段はアスカや家族にとても優しかったが、それでも一度こうと言い出すと誰も彼を止められなかった。それを知っているアスカはもう涙目になっていた。


『・・・アスカ・・・・聡明な君ならもう気付いていると思うけど、これは逃げて済む問題じゃないような気がするんだ・・・・だから・・・・』


『・・・・・ぃゃ・・・・』


か細い声で小さな抵抗をするアスカだったが、これはもう観念し始めている時の彼女の癖だった。


『・・・僕も必ず後から行く・・・・だから・・・』


シンジはアスカの頬に触れ、その瞳を優しく見つめ返した。彼女の瞳はもう涙で溢れていた。


『・・・ん・・・・わかった・・・・でもお願い・・・・無茶しないで!』


アスカはハガルを抱いたままシンジに寄り添い、そっと呟いた。


『もう、一人はイヤなの・・・お願い・・・だから・・・』


『・・・・・わかってる・・・』


二人は軽くキスをしてその場を別れた。その間アスカと娘たちは名残惜しそうに何度も何度もシンジの方を振り返っていた。


家族がこの先の角を曲がり、その姿が見えなくなるのを確認した後、シンジは綾波に似た少女の後を追い、駆け出した。











12年前、シンジの母であるユイは、具象化された『神』であるエヴァ初号機という名の箱舟に乗って、自らをヒトの生きた証とし宇宙の彼方へと旅立っていった。


アダム、そしてリリスも、神の肉体を失いその魂は始源の存在へと還元していったはずである。当然綾波もここにいるはずがなかった。だが・・・・・・





《・・・じゃあ、あの少女はいったい誰なんだ?》





通りを1〜2分ほど走ると、シンジはその少女の姿を視界に捉えた。市内はミサイルが飛び交い、危険極まりない状況にあるにも関わらず、その少女はまるで動じている様子がないことがその後姿からも伝わってきた。そして・・・・・


使徒のA.Tフィールドにはじかれ爆発したミサイルの破片が、少女に向かってまっすぐ飛んでいくのが見えた。


『綾波っ!!あぶないっ!!!』





一瞬少女の肩がぴくりと動いたような気がした。





それは急に声をかけられて驚いたからなのか、それとも別の理由からなのかはわからなかった。


少女は飛来する破片に気付くと、前方にゆっくりとその華奢な白い掌をかざし、A.Tフィールドを展開しそれをはじき返した。


そしてその少女はゆっくりとこちらを振り返った。





『・・・・・・・なに?・・』




ぶっきらぼうに返事をする彼女は、シンジが初めて逢った時の綾波そのままだった。


《・・・ATフィールド!?・・・・やはり・・・綾波なのか・・・・》


ふと気を取り直し、シンジは少女のもとへ駆けつけた。懐かしさでつい顔がほころびそうになったが、それをぐっと堪えてこう問い詰めた。


『・・・・・・・・君は・・・・・・誰?』


少女はシンジの問いに反応しなかった。だが彼女はシンジと正対し、射抜くような視線を彼に向けて返していた。


シンジは、あらためてその少女の姿をまじまじと眺めていた。ルビーのように紅い瞳、透き通るような白い肌・・・・・青い髪・・・・・だが、あの頃の綾波とはどこか違う印象を受けた。


《・・・・そう・・・か・・・・年が、若いんだ・・・・》


シンジが看破した通り、その少女の年の頃は11〜12歳といったところだった。


二人の間を沈黙が支配する。シンジは再び少女に問いかけた。


『・・・綾波・・・・』


シンジは呟いた。


『本当に・・・綾波なの?』


だが少女は答えなかった。当惑しているようでもなく、平然としている。


『・・・綾波なら、何故ここにいるんだ!?カヲルくんはどうしたの?』


終始だんまりを決め込む少女に対し、シンジはつい畳み掛けるように問い詰めていた。
シンジはあの補完の行われた日の事を、一日たりとも忘れた事がなかった。
綾波やカヲル君と心から分かり合えながら、人としてアスカと共に生きる事を選んだばかりに永遠の別離をしてしまった悲しみ・・・・・
それは決してアスカには言えない秘めた想いであった。
だが・・・・・・








『・・・・・・あなた、誰?』


『えっ・・・!?』


『・・・何を言っているのか・・・・・わからない・・・』


『・・・綾波っ、僕だよ!碇シンジだよ!』


『・・・・そう?・・・・・わからない・・・・』


『・・・・綾波・・・・』


『・・・・・私は・・・・・夕凪・・・・リン・・・・・・・“綾波”じゃないわ・・・・』


『・・・ゆうなぎ・・・りん・・・』


シンジはその少女の名を復唱していた。どうやらこの少女は綾波とは別人らしかった。 だが、その肉体は明らかに彼女のものであった。


《・・・・やはり・・・・違うのか・・・・・・・でも、どういうことだ?・・・まるで・・・・・》


そんなシンジに興味がなくなったのか、その少女『夕凪リン』は再び通りに沿って歩き始めた。


『・・あ・・・・ま、待ってよ!・・・ゆ、夕凪・・・さん・・・・』


シンジはあわてて彼女の後に従った。


《・・・この娘には・・・・何かある・・・・一緒について行けば、何か手がかりが掴めるかも知れない・・・・・》


『・・・・・・で、いい・・・』


『・・・・えっ?・・』


その少女は、自分に話しかけていたらしかった。


『・・・・夕凪・・・・で、いい・・・・・』


『・・えっ・・でっ、でも、初対面なのに・・・・・』


『・・・いいの・・・・みんなそう呼んでるから・・・・・』


初めて綾波と話したときと、少し違うな、とシンジは思った。想像していたよりは、とっつきにくくない・・・・・と。


綾波だったら、自分の呼ばれ方に注文をつけたりはしなかった。シンジは少しだけ微笑んだ。


『・・・それじゃ、夕凪・・・・君は、どこへいくの?・・・』


『・・・・・どうしてそんな事・・・・聞くの?・・・』


『・・・・・今この街で起きている事と、君とは何か関係があるんじゃないかと思ってね・・・・』


『・・・・・・・・・・・・・』


『・・・違うかい?』


『・・・・・知らないわ・・・・・そんな事・・・・』


『・・・・そう・・・か・・・・ごめん・・・・』


『・・・変なひと・・・・何故あやまるの?・・・』


『・・・・だって、君にあらぬ疑いをかけちゃったからさ・・・・・だから、ごめん・・』


『・・・・やっぱり・・・変な人・・・・・』


『・・・・えっ?・・・』


『・・・だって・・・・・』


心なしか、夕凪の赤い瞳に翳りがさしているような気がした。


『・・・だって、誰も私に謝ったりなんかしないわ・・・・・・』


『・・・・夕凪・・・・』


シンジは胸がズキンとなった。どうしても、綾波と向き合っているような感覚から逃れる事が出来なかった。だが今の彼は、もう14歳の頃の何も出来ない少年ではなくなっていた。


『・・・それでも・・・・』


無言でシンジの方を振り返る夕凪・・・・


『・・・それでも僕は、君にあやまるよ・・・・』


『・・・・・・・・』


夕凪は顔色一つ変えずにジッとシンジを見つめ返していた。彼女が何を思っているのか、誰にもわからなかったかも知れない。 でもアスカを長年愛し続けてきたシンジにとっては、そんな事は余り問題ではないように思えた。








『・・・・・・・なまえ・・・・・・・』


『・・・えっ・・・』


『・・・・名前・・・・・・もう一度、教えて・・・・・』


夕凪はおずおずとシンジのそばに近寄ってきた。夕凪の吐息が耳元にまで届いた


『・・・・碇・・・・・シンジ・・・・だよ・・・・』





『・・・・シンジ・・・・』











オレンジ色の唇が重なり合った





2005/9/18 ケータイ版に掲載
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