Wrecked Ark
ベルゼブルが破壊した瓦礫の中を、シンジは・・・・夕凪の後を歩いていた
あれからふたりはまだ・・・・一言も口を聞かずにいた・・・
倒壊したビルの合間をぴょこんと跳ねながら進む夕凪の華奢な後姿を眺めながら、シンジは先程の出来事を思い出していた
胸がドキドキしていた・・・・
『・・・まだ、感触が残ってる・・・』
無意識に自分の唇に触れる
『・・・こんな・・・感じなんだ・・・・綾・・・・夕凪って・・・・・』
気がつけば、シンジはまるで少年のように夕凪とのキスの余韻に浸っていた
『・・・そういえば・・・綾波とは、キス・・・したことなかったな・・・・』
シンジは無意識のうちに夕凪を綾波と重ね合わせ、そしてアスカと比べていた・・・
まだ、誰にも触れられていないであろうその唇は、少し薄いがまるでゼリーのように壊れてしまいそうなくらい、しっとりとしてやわらかかった
ふと、そんな事を思う自分に気付き、自らを恥じた
《・・・・どうかしてる・・・・あんな幼い娘に・・・・アスカがいるのに・・・・》
シンジは、何故自分があんな事をしてしまったのかを考えていた・・・いや、正確には、何故夕凪に唇を赦してしまったのかを・・・・であるが・・・
確かに・・・・夕凪は綾波に生き写しであった・・・・
綾波への想いが・・・・シンジのガードを緩めてしまった部分は否めない・・・
だが、夕凪は綾波ではない・・・
初対面の、それも11〜12才の少女とゆきずりでキスをしてしまうのは、シンジのような人間にはあまりにも突飛な事に思えた・・・・
何か、自分でもよくわからない目に見えない力が自分の背中を後押しした・・・・そんな気がしていた・・・
《・・・・言い訳だな、それって・・・・》
シンジは、自分の都合の良い解釈に苦笑する
『・・・・・夕凪・・・・・』
つい、ポツリと呟く
『・・・・なに?・・』
振り返る夕凪
先程とは違い、シンジの何気ない言葉に素直に反応してくる
『・・・夕凪・・・・・・・何故・・・・あんな事を・・・・?』
『・・・・・あんな事って?』
『・・・その・・・キスの事だけど・・・・』
『・・・・キス?・・・』
夕凪はきょとんとしていた。どうやらキスの意味を知らないらしかった
『・・・ほら、こう・・・・唇と唇を・・・その・・・・』
『・・・・あれ・・・・キスっていうの・・・・』
小首をかしげる仕草がどうにもかわいらしく、シンジの胸のうちを強烈にえぐる
『・・・う・・・うん・・・』
『・・・・・・わからない・・・・』
『・・・わからないって・・・そんな・・・』
『・・・何故だか・・・・わからない・・・・・でも・・・』
『・・・でも?』
『・・・・そう・・・したかったから・・・・』
『・・・えっ?・・・』
その意外な言葉に、シンジは年甲斐もなくときめいた
『・・・夕凪・・・・』
『・・・・不思議な・・・・感じ・・・・』
夕凪は表情を変えずにそう言った。
『いけないの?』
『い、いや・・・いけないっていうか、その・・・・』
『・・・?・・・・・へんなひと・・・』
シンジの顔は見る見る赤くなってゆく・・
胸の鼓動が・・・・収まらない
黙っていると、どうにかなってしまいそうだったので何かを話す
『・・・夕凪は・・・初めてだったのかい?・・・・キス・・・』
『・・・・・いいえ・・・』
『・・・・え・・・・・!?』
『・・・・初めてじゃ・・・ない・・・・と思う・・・・』
『・・・そう・・・なんだ・・・・』
何となく、シンジは軽いショックを覚えていた
『・・・まあ、そうだよね・・・・夕凪はかわいいし・・・・』
『・・・かわいい?』
『・・その・・・魅力的ってことさ・・・・・・』
『・・・魅力的・・・・わたしが?・・・』
『彼氏のひとりやふたりいたっておかしくないよね』
何となく、自虐的になっている自分に気づく
『?』
《・・・・・・・・・・》
《・・・・・・・・・・》
《・・・う〜ん、どうも要領を得ないな・・・》
どうやら夕凪は、通り一遍の色恋に関する知識は皆無に等しいらしかった
『・・・シンジ・・・・・』
『・・・えっ?・・・』
胸がドキリとした
ほんの11〜12歳のその少女は、澱みのない澄んだ声でシンジの名を呼び捨てにする
アスカが・・・自分を呼ぶ時と同じように・・・・
『・・・シンジは・・・・初めてだったの?・・・・キス・・・』
『・・・・えっ・・・?』
『い、いや、僕は既婚者だし、子供もいるから・・・・その・・・・』
『キコンシャ?』
『・・・えと・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)』
一つわかった事がある
“夕凪”と“綾波”との違い
綾波は、人としての経験は少なかったものの、概念としての一般知識はよく知っていた
“ユイ”の血のせいもあるのだろうが、ゲンドウが思いのほか綾波の教育に気を配っていた事の証拠であろう
が
夕凪は、殆ど“無知”と言ってもいい位、物事をよく知らないようだ
《・・・一体・・・誰がこの子を育てたんだ?》
今や人の親であるシンジは、夕凪の教育状況があまり芳しくない事が気になった
『・・・ね、ねえ、夕凪・・・・』
『・・・・・なに?』
『・・・君、学校とかはちゃんと行ってる?』
『・・・・・ガッコ?・・・・・』
『・・・ほら、友達とかたくさんいてさ・・・・勉強・・・したりとか・・・』
『・・・・?・・・』
《・・・・やっぱり・・・・》
この子は、ろくに教育も受けていない・・・
理由は・・・・なんとなくわかっている
A.T.フィールドを使いこなすところから見て、この子は多分・・・・
・・・綾波と・・・・同じ・・・・
母体が“リリス”だとは、流石に思えないけど
それに順ずる“何か”である事は疑いようもない
そして・・・・“ケルビム”が一枚噛んでいる事も・・・・・
綾波がそうであったように、この子も何がしかの“道具”として利用されている・・・・
一人の“人間”としての配慮がなされていない・・・・
そんな、気がした
《・・・・父さん・・・・》
シンジは、父・・・ゲンドウの事を思い出す
彼は、自らの目的の為に、綾波を“道具”として利用した
それは、ユイの元へ行くための手段であり、それまでのかりそめの愛情のはけ口・・・・
言ってみれば、ゲンドウにとってレイは単なる慰み者でしかなかった
それが・・・・シンジの、父に対する認識であった
少なくとも、この時点では
『・・・・シンジ?』
『・・・えっ?』
『・・・どう・・・したの?』
『・・・あ・・・いや、なんでもないよ』
また、夕凪に引き込まれそうになっている自分に気付く
あわてて気を取り直す
《くっ・・・しっかりしろ、シンジッ!・・・こんな事に気を取られてる場合じゃないだろっ!》
少し名残惜しかったが、シンジはそれとなく夕凪と距離をおいて歩く
《・・・彼女に・・・必要以上に興味を持つのはよそう・・・・そんな事より、僕にはやらなければならない事がある・・・・》
そう・・・僕はこの夕凪をも含め、目の前で起こっている事象の真実を知る必要がある
『・・・・夕凪・・・・』
目線だけを返し、無言で振り返る夕凪
『・・・君は・・・どこへ行くの?』
『・・・・あのひとが・・・・』
『・・・・えっ・・・?』
『・・・あのひとが・・・・呼んでいるの・・・』
『・・・・・・誰だい?・・・・それは・・・?』
『・・・・それは・・・・・』
と、その時、都市の中心部で再び大きな十字の閃光が上がる
爆風がビルの隙間を駆け巡り、粉塵が僕らに向かって爆走していた
『夕凪っ!!危ないっっ!!』
反射的に夕凪を庇い覆いかぶさろうとする
が、音速で迫る爆炎に身構える間もなく、僕らは炎に包まれてしまった
『くっ・・・・・!?』
だが、身構えた体に何もおきない
『・・・AT・・・フィールド!?・・・』
僕らの周りには目に見えない球状の空間が形成され、その周りを炎がすり抜けていった
『・・・大丈夫・・・私が・・・守るから・・・』
にこりと微笑む夕凪の顔が、目の前にある
僕はというと、情けなく夕凪にしがみついている格好になっていた
『・・あ・・・ありがとう・・・』
『・・・いいの・・・・・リリンは今の衝撃に耐えられないもの・・・』
夕凪は僕をしっかりと抱きしめ、その胸に僕の顔をぎゅうと押し付けていた
《・・・・ゆ・・・夕凪って案外・・・・》
何やら良からぬ雑念が僕の頭の中を駆け巡りそうになったので、強制的に思考を打ち切る
『あ・・・ありがとう夕凪・・・もう、大丈夫だよ・・・』
そう言って僕の後頭部に回された白くて細い腕を振り解こうとする
が、外れない(汗)
『・・・ゆ、夕凪!?』
いや、むしろ先ほどよりも力が入っている気がする
『・・・あ、あの・・・』
『・・・・だめ・・・』
『・・・えっ?』
『・・・離さない・・・』
『・・・えっ?・・・・・で、でも・・・』
何故、そうなる?
夕凪の思考が全く読めない(汗)
『・・・・リリンなのに・・・・』
『・・えっ?』
『・・・・・私を守ろうとしてくれた・・・・』
『・・夕凪・・・』
『・・・・とても無意味・・・・』
『・・・あ、ああ・・・そうだね・・・そうかも知れない・・・(汗)』
確かに、情けない
今の僕は、この子ひとり守ってあげる力さえない・・・
・・・もし・・・
もし、僕が神であり続けたなら・・・・
そうしたら・・・・君を守ってあげられたの・・・・に・・・・!?
『・・・う・・・・(汗)』
《・・・まただ・・・・》
僕と夕凪とは、まだ逢ったばかり
年も違うし・・・僕らの間にはあまりにも接点がない・・・
否、なさすぎる
言葉を交わしても、大して意思の疎通が出来ているとも思えない
それなのに
気が付くと、どうしようもなく夕凪にひかれている自分に気付く
どうして僕は・・・・・
こんなにもこの少女の事が気になるのだろう?
と、いうより
一緒に・・・同じ場所で呼吸をして
お互いの体温を感じ合える距離に身をおいている事が・・・・
とても自然に感じられる
僕にとってこの少女はまさに・・・
そう
まるで・・・・
前世に生き別れた“番い”のよう
愛とか、好きだとか、そういうのとは違う
僕の“欠けた所”にぴったりとはまる
そんな・・・・“存在”
魂が揺さぶられるのを感じる
“何故?”
それはとても懐かしく、嬉しいような・・・・
どうしようもなく禍々しく恐ろしいような・・・・・
『・・・シンジ?』
『・・・・・えっ?・・・・あ・・ご、ごめん・・・』
夕凪に話しかけられてようやく正気に戻る
《・・・おかしい・・・本当にどうかしてるぞ僕は!》
確かに変だ
少しでも気を許すと、自分が自分でなくなるような感覚・・・・
夕凪と向き合い・・・・
そして
物理的に二人の距離を狭めると・・・・
気が付いたら、僕らは・・・自然と唇を重ねていた
夕凪に悪気はない
しかし
どうにも抗えない、強い“強制力”を感じる
そしてそれは・・・・
夕凪自身も・・・感じているように思えた
まぁ、とりあえずこれだけは言える
この子・・・夕凪リンの傍にいる時は、正気を保つために大変な労力を要するという事
『・・・シンジ?』
『・・・あ・・・ご、ごめん・・・』
僕と夕凪は、このやり取りをもう2〜3回繰り返した後、ようやく歩き始めた
『ピッ・・・!!』
『ドド――――――――ン!!!』
発令所は、ベルゼブルの最初の攻撃を受けていた
『第1から12番装甲まで損壊ッ!!!』
『うっ・・・!? まだかっ!? 地上迎撃が間に合わなくなるぞっ!!』
【停止信号プラグ、排出終了】
【了解 ダミープラグ挿入】
【プラグ固定終了】
【第一次接続開始】
『E−06に新たな高エネルギー反応っ!!』
那智が叫ぶ
『なんだとっ!?』
『パターン青を確認!・・・これは・・・・!?』
モニターを見つめながら由良が言いかけて止まる
『何だ?・・・まさか新手か!?』
『・・・いえ、このパターンは・・・“D”のものですね!』
『・・・なんだと?』
叢雲が舌打ちする
『映像、拡大します』
発令所のスクリーンに拡大映像を回す榛名
そこには使徒(?)によって破壊されたビルの瓦礫から瓦礫へと飛び移る少女と、その後をたどたどしい歩みで続く青年の姿があった
『・・・むっ?・・』
どこか見覚えのある姿に、叢雲は目を細める
『・・・・あれは・・・・!?』
『・・・・・碇・・・!?』
『・・・ですね・・・』
呆れたように溜息をつく那智
『・・・なんて事だ・・・・よりによって碇と接触しているとは・・・』
『どうします?』
『瑞鳳一尉に保護させろ!・・・急げっ!!』
『わかりました!』
《・・まずいな・・・・こんなところで“封印”が解けたら全てが終わりだ・・・》
舌打ちする叢雲
『・・・・近すぎるな・・・』
《おかしい・・・? 裏死海文書の記述と違いすぎる・・・・》
【エントリープラグ、注水】
【主電源接続】
【全回路 動力伝達】
【了解】
【第二次コンタクトに入ります】
【A-10神経接続 異常なし】
【思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス】
【初期コンタクト 全て問題なし】
【双方向回線、開きます】
【シンクロ率、87.8%を突破】
『おお――――――――っ』
発令所内に感嘆の声が上がる
『・・・準備不足の割には、悪くない数字だな』
【ハーモニクス、全て正常値】
『確かに・・・・しかし、まだ感情素子に解析不能領域が65%も残っています・・・・油断は出来ませんよ』
『・・・“D”だって大して変わるまい・・・何しろ肝心な時にこの有様だからな!』
『は、はあ・・・』
やぶへびとばかりに由良は黙り込む
『まあ、いいだろう・・・・発進準備!』
【了解!・・・発進準備!】
【第一ロックボルト外せ!】
【解除確認】
【アンビリカル・ブリッジ移動開始】
【第二ロックボルト外せ】
【第一高速具、除去】
【同じく 第二拘束具を除去】
【1番から15番までの安全装置を解除】
【内部電源、充電完了】
【外部電源用コンセント、異常なし】
【了解 TEST-TYPE、射出口へ】
【進路クリア、オールグリーン】
【発進準備完了】
【了解】
『・・・副指令・・・・本当にいいんですね?』
念を押すように那智が呟く
『・・・くどいな・・・・もう賽は振られたのだ! やるしかあるまい!』
一呼吸おいて、榛名がゴー・サインを出す
【TEST-TYPE、リフトオフ!】
リニアに固定される巨人・・・・
それは12年前にネルフが開発した汎用人型決戦兵器に他ならなかった
しかも・・・
素体は何かはわからないが・・・
その拘束具のデザインは明らかに・・・・
“初号機”のものであった
TEST-TYPE・・・エヴァを乗せたリニアレールは12年ぶりに地上に向けて射出された
2006/8/10 ケータイ版に掲載