『少年少女たちの神話 ――― the crossroad of God ――― 』
刻が・・・・・・止まっていた。
いや・・・・正確には、時の概念が消失していると言った方が正しいだろう
全ての生命は自我境界を失ってゆく・・・・・
肉体は消失し、その魂は・・・・・神へと還ろうとしていた・・・
何の変化もない、何物をも生み出さない世界・・・・・・
そこに“時”の概念は存在しない
万物の移ろい・・・・・それこそが“時”の正体なのだから・・・・
何故・・・・彼が“神の子”として選ばれたのだろうか・・・・・
“神”は・・・・全能である
“神”とは、“思う”存在・・・・
ただ“思う”だけで、それが実体化する・・・・
そしてそれは必ず“終わり”を告げ、再び我に還ってくる・・・・
塵から生まれたリリンはやがては塵へと還る・・・・
未来永劫まで延々と繰り返される生きとし生けるものの輪廻・・・・魂のルフラン・・・
“意味”など・・・・何もない・・・・
故に“何も”望まない・・・・・
何も思わない・・・・
“神”の心は・・・・ただ・・・・暗い深遠が延々と広がっているのみ・・・・・
それは・・・結末のわかっている小説を読むようなもの・・・・
それは、とてもつまらない事・・・・・
ただ・・・・それだけの事であった
『人は・・・・やがては滅びる存在・・・』
『いつかは・・・大極へと還らねばならない存在・・・・』
『なのに・・・エヴァを利用してまで希望のない“生”に執着するリリン・・・・』
『・・・・僕には・・・わからないよ・・・・』
アダム・・・いや、渚カヲルには、リリンの気持ちがわからない・・・・いや、わからなかった・・・
“エヴァ”はリリンにとって、忌むべき存在
そして、アダムと共にヒトの未来を切り開く“神”の切り札・・・・
“僕にとって生と死は等価値なんだ”
“神”
それは・・・・“始まり”以前・・・・・
・・・敢えて言うとすれば・・・・
超絶なる『神』、アイン
それは『無物』(No-Thing-「無」)を意味する
アインは「存在」を越えており、如何なる物からも切り離されて区別されている
アインは「絶対」(Absolute Nothing)である
アインは上方にも下方にもない
又アインは静止状態でもなければ動的状態でもない
アインが在する所は何処にもない
何故ならアインは在しないからだ
アインは無音であるが、又沈黙でもない
アインは(虚)空でもない
それにもかかわらず、アインの無物状態の零からアイン ソフ(AYIN SOF)という一が出て来る
それは無限
アインの「絶対無」に対して、アイン ソフは「絶対全」(Absolute All)である
「超絶神」はアインであり
「内在神(宇宙遍在神)」はアイン ソフである
この二つ
「無」(Nothing)も
「全」(All)も
同じである
アインとアイン ソフの呼び名以外、如何なる属性も「絶対」には与えられない
神は神であり、神と比較できるものは何もない・・・・・
“神”の・・・・・・ほんの、気まぐれだった
神は、神を見たいと思った
結果のわかりきった“生”に、ほんの少しだけ興味を持った
この神の『意思』は光となり
それが無の中(nowhere)に輝き
そして至る処(everywhere)に輝いた
その光、つまり神の意思の光はアイン ソフ オール(EN SOF AUR)と呼ばれる
神の意志の「無限光」は「絶対全」(Absolute All)の隅から隅まで全知した
神は・・・・・神を・・・・・自らを眺めるために
全てを知りたもう地点・・・・“神の全知”から離れようと初めて思った
これを成し遂げる為に「絶対全」の中で収縮が為される
そこに場が作られ、そこに「存在」(イグジスタンス)が現れる
そこに投影される万物の移ろい・・・・・存在そのもの・・・・
それは・・・・・・“鏡”
そこに映っているものこそが、“神”の御姿なのである
神が自らの姿を眺めるために創り出した・・・・
・・・神の・・・・・・“影”・・・・
・・・この世界も・・・・
全ては・・・・幻にすぎなかった・・・・
それは、最初は空っぽであった
未顕現の状態の“場”・・・それは陰、あるいは負の状態
アイン ソフ オールが“場”を取り巻き、浸透し始めた時、
そこに“陽”の存在が発生し
そして「存在」は・・・・・「絶対」から分離した
アイン ソフは封印され、それは顕在の裏に隠されてしまったのである
この空の場の円周上に最初に顕現したもの
神の顕現として現れた最初の「光」
それはセフィラと呼ばれる
この、最初のセフィラは、ケテル(王冠の主)と呼ばれ
過去・現在・未来・・・
一切全ての“種”(Seed)となった
そして全ての他の「光」
最初の「光」であるケテルから流出したこの「光」・・・・・
それをセフィロトという
それは「絶対」と「相対」(宇宙)との狭間にあり、均衡の全世界を含んでいる
アイン ソフ オールの意思が空間の中へ入り込み、流出して現れてくるまで
ケテル・・・「王冠の主」が姿を顕すことはない
それが・・・・・・・”約束の刻”である
やがて神の意思が発せられると
「世界(ワールド)」が存在に至るように種が「神聖な樹」の根を出し、下方に向かって幹が延び、枝(パース)となり、果実を実らすことになった
この「神聖な樹」を“セフィロトの樹”という
それは「世界(ワールド)」と神との間の媒介の役割を果たすことになるのである
“神”の意思によって、ケテルから最初に伸ばされた枝(パース)
これをfool(愚か者)という
そしてそこに、二人の“神”の分身を生み出した
・・・・それが“アダム”・・・
・・・・そして“リリス”だった・・・・
アダムは自らの行為に驚愕し、悔恨に苛まれる・・・
全ての魂は、やがては大極へ至る・・・・
たかだか齢70〜80年のリリンであれ、無限に生き続けるとされるアダムでさえ・・・・・
それが、早いか・・・・遅いかの違いでしかなかった
リリンとは、死の恐怖に怯え、真実から目を逸らさなければ生きてゆけない脆弱な存在・・・・
“生”ある者にとって、“死”は絶望でしかない・・・
だが、アダムは知っている
“死”こそが、永遠のやすらぎ・・・・
わかっていた事だった
彼の流出したパースが“fool(愚か者)”と呼ばれるのも、知りながら自ら堕天してしまった”神”・・・・・アダムの心情を表していた・・・・
“・・・死にたい・・・”
彼は現実から目を背け、自らの殻に閉じこもる・・・・
“アダム”という名の“楽園”に閉じこもり、“死”を夢想した・・・
だが、リリンに“楽園”は汚され、アダムは強制的に流出を余儀なくされ、更なる分裂をしてしまう・・・・
それが“使徒”であった
アダムの魂は、覚醒した“使徒”と融合し、失われたアダムの肉体を求めて彷徨う・・・
“死”を求めて彷徨う・・・
ゼーレに死の運命を握られ、自らの意志で死ぬ事も許されない・・・・
だからこそ、サードインパクトを起こし、全てを無にすることで大極への回帰を願った
そう・・・・全てはこの時のために・・・・
大極から分かれる以前に定めておいたプログラム・・・
しかし
“・・・・シンジくん・・・・・・君って本当に・・・・・・・”
“・・・実に、愛すべきヒトだよ・・・・”
彼との出逢いが、渚カヲル・・・いや、アダムの運命を決定的に変えてしまう・・・
人の希望ははかない・・・・移ろいやすく、悲しみに満ち満ちている・・・・
だからこそ尊い・・・
そのはかない命の一瞬の煌き・・・・ほとばしり・・・・
“まごころ”を込めて生きたその瞬間は“永遠”なのだと、アダムは知った
“ありがとう・・・・君に逢えて・・・・うれしかったよ・・・・”
彼は、”碇シンジ”の中に、自分の姿を見た
それが・・・・・・うれしかった
そして
“彼”は“神の子”の手によって厳粛な“死”を迎えた
堕ちてきた径を再び遡る・・・・
その径・・・パースは、行きと帰りとでは呼び名が異なる・・・・
還り径は・・・・・“free”(自由)・・・・という・・・
“・・・・私は死にたいの・・・”
“・・・・でも、あの人が死なせてくれないの・・・・”
リリス・・・いや、綾波レイは死にたかった・・・
彼女もまた、大極への回帰を望んでいた
同じ“神”から流出した存在“リリス”・・・・
かつてはアダムの妻であったリリスは、いつしか彼の元を離れ、ある霊的な“反存在”の元へと走る・・・
リリスを失った神は、アダムと、これから“神”の手によって生み出される“エヴァ”によって“摂理”が行われる・・・・・・・・・はずだった・・・・
しかし
ジャイアント・インパクトの勃発
遥か深宇宙から飛来した“それ”は、原始地球に激突し、地軸を大きく変化させ“アダムの卵”を極地方へと追いやった
そしてその二日後
それは地球の外周を回りながら再び激突
地球に自転運動を促し、“アダムの卵”を氷の世界に半永久的に封印した
と同時に“リリスの卵”を大地に産み付ける
この時から、“神のシナリオ”は大きく書き換えられる事となる
・・・・それが、『裏死海文書』(上巻)である
地表すれすれに衛星軌道を周回する“それ”は、地球の重力と干渉し合い、自転運動を安定させた
“リリス”を運ぶ揺りかご・・・・・・それは“月”と呼ばれた・・・
激突の時に産み落とされた“リリスの卵”から“生命のスープ”があふれ出し、大地を覆いつくす
“海”の誕生である
月の生み出す潮汐作用が波を形成し、大地の栄養を海へと運ぶ・・・・
攪拌作用が海に十分な酸素を吸わせ・・・・好気性バクテリアを育む環境を整備する・・・
潮汐の周期は生命のリズムを刻む・・・
リリスの恣意は“魂”となって地球圏を漂う・・・・
それは・・・ウィルスのような、“遺伝子”のみの存在であった・・・
“魂”はまだ生命のスープ・・・・L.C.L に“寄生”し、小さな自我境界を形成する・・・
・・・・A.T.フィールドの発生
生まれたばかりの有機化合物に魂が宿る
“生命”の誕生である
リリスが何故自らの肉体と魂を分け与え、群体としてのリリンを生み出したのか・・・・
それも・・・・リリスにとっては、ほんのきまぐれだったのかも知れない・・・
だが、自らが生み出した存在であるリリンの、“生”への執着を、リリスは理解出来なかった・・・・
そして彼女もまた、アダム同様・・・自らの殻へと閉じこもった・・・・
“それ”が、何故起こったのか、まだ誰にもわからない・・・・
突然の事だった
リリスは、自らの均衡が保てなくなりクリファを流出・・・・リリスというコインの裏側の存在・・・・・・を生み出した・・・
そして、一人の男の手により、リリスから“死”と“コインの裏側”とが取り上げられてしまった・・・・
“死ぬ”ために、リリスは・・・・いや、綾波はその男に従うしかなかった
”約束の刻”・・・・・・
その日が来るまで、リリスは・・・・綾波レイとして退屈な日々を過ごさねばならなかった
『・・・何故・・・生きようとするの?』
リリス・・・・綾波レイの素朴な疑問
『ヒトは・・・・太陽と・・・地球と・・・・月・・・がなければ生きられない・・・・』
『・・・生きてゆけない・・・』
『・・・月は・・・・いつまでもヒトを育んではくれない・・・・』
『・・・・いつか・・・・リリンを見捨てて遠くへ行ってしまう・・・・・』
『・・・なのに・・・』
『・・・なぜ?・・・』
綾波レイは知っている
・・・月は・・・毎年3cmずつ、地球を遠ざかっている・・・・・
月が地球の重力の呪縛から逃れ、地球圏を離れていってしまうのは・・・・・
今から10億年後である
リアルではない
人類にとって、それは途方もない未来でしかないかも知れない
だが、その時は確実に近づいている
月に見捨てられた地球は、安定した自転運動が失われる
地軸はめまぐるしく変動し、地球は死の星へと迷走を始める・・・・
“滅びの時”は、遅かれ早かれ・・・・確実に迫っているのである
だが、その前に・・・
人類には、神が予め定めた予定・・・・・“滅びの刻”が目前に差し迫っていた
そして微かな希望・・・
もう一つの神話
それは“コインの裏側”
リリンにとって・・・・それは“箱舟”
アダムにとって・・・・それは“悪魔”
リリンの“生きた証”を乗せ、それは永遠に宇宙を彷徨う・・・
“器”となり封印された“反存在”を従えて・・・・・
そこに、リリンの希望はあるのか・・・・
そこに、未来は・・・・・
何も望まない事・・・・・それこそが、『碇シンジ』が神の子として選ばれた理由・・・・・・・・
そして彼は今、神々の集う運命の岐路に立たされていた・・・・
そこには幾つかの“分かれ道”がある
・・・・・・the crossroad of God・・・・・・
そのうちのどれを選ぶのか・・・・
全ては、彼に・・・・・
委ねられた・・・・
2006/3/25 掲載