ヴィルヘルムスハーフェン通信














吐息も白く凍るとある冬の朝、バルコニーに頬杖をつきながらアスカはひとり物思いにふけっていた



透き通るような朝の日差しの中で、彼女は今、14年目の朝を迎えていた



例年はドイツの実家で家族や友人達に囲まれて華々しく誕生祝いを迎えていた


それは、アスカにとって日頃の頑張りが認められた証のような日でもあり、同時にどこか空々しく居心地の悪いひとときでもあった


お祝いの言葉も、本当は苦しかった・・・それは、本心の言葉ではないと感じていたから・・・・


それでも・・・・


カタチだけでも祝ってくれること自体は・・・アスカは感謝していた


自分の面倒をせわしなく見てくれる継母の気持ちも、アスカにはわからないでもなかった・・・


『ま、血の繋がらない赤の他人の面倒を見てくれてるんだもの・・・感謝はしてるわよ・・・・だって、もしアタシがママと同じ立場だったら、きっと放り出してるもの!』


それでも、心から愛されていないという想いは、アスカをどうしようもなく憂鬱にさせた


自分は・・・・本当は望まれていなかった・・・・仕方なく引き取られた子なんだもの・・・・


いつもは気丈に振舞う彼女も、この日だけはどうしても落ち込んでしまう





『・・・誕生日は・・・・嫌い・・・』





つい、ぽつりと呟く







『・・・いつでもママを辞められる・・・・・か・・・・』








継母が不用意に口にした言葉・・・


恐らくはさほど深い意味もなく発せられたであろうその言葉は、あの日以来、アスカの心を深い暗闇の底へと突き落としていた


いつかは捨てられるかも知れない・・・その言葉にずっと怯えていた






思い出しただけでも身の毛もよだつ哀しい記憶だった


まだ5才になったばかりのアスカが直面した現実


母が病に伏しているという時に、父が他の女と密かに情事を重ねているのを知ってしまった事


・・・・そしてその女をママと呼ばねばならなくなったあの日の事・・・・




『お願い!!いい子になるから、ママを辞めないでっ!!』




アスカはなりふり構わず懇願していた


ひとりぼっちになるのが怖かった・・・・自分をかなぐり捨ててでも、その女にすがる事しか思いつかなかった・・・・


その事を思い出すだけで、哀しくて・・・・情けなくて・・・・・涙が止まらなくなる・・・




『・・ママ・・・どうして死んじゃったの・・・・』




その瞳はもう何も見えなくなるほど涙が溢れていた・・・


















『え〜い、もうやめやめっ!!・・こんなこと考えたってしょうがないじゃないっ!』


アスカはポケットからハンカチを取り出し、涙を拭った


気が付くと、体は芯まで冷えて、ガチガチと震えていた





『・・・寒いのも・・・・嫌い・・・』





一瞬、嫌な記憶がアスカの脳裏を掠める


『・・・あの時みたいで・・・・嫌な事ばかり思い出すもの・・・』


再び・・・アスカの頬を涙が零れる




『・・・ぐすっ・・・・もう・・・いや・・・』




アスカは一刻も早くバルコニーから離れたくなり、リビングへ戻る


身も心も・・・・すっかりブルーに染まっていた




『・・・シンジ・・・』



ふと、シンジの名前を口にする


《・・・なんでかな・・・》


こんな時は、シンジの淹れてくれたアップルティーを飲んで温まりたかった・・・


シンジのやさしさに、甘えたかった・・・




『・・・泣いたの、シンジにわかっちゃうかなぁ・・・』


まだ・・・声がうわずっている


少し赤くなった目をこすりながら部屋に入る




と、納戸(シンジの部屋)が開いていて、部屋の荷物が廊下に散乱していた


『・・・?』


不審に思い、部屋の中を覗くと、シンジが部屋中の荷物という荷物をひっくり返していた


何やら探しているようだった



『・・・アンタ、何やってんの?』



シンジの背中が一瞬ビクリとした


『・・・あ・・アスカ!・・・もう起きてたの?』


『とっくに起きてたわよ!それよりも何よこれぇ!廊下歩けないじゃない!』


また何かシンジが妙な事をしてる・・・そう思ったら可笑しくなり、アスカは少しだけ元気になれた


『ご、ごめん・・もう少ししたら片付けるから、それまで向こうで待っててよ』


『何よぉ、アタシを邪魔にする気?・・ははぁ、さてはえっちな本でも探してるんでしょ?』


『ち、違うよ!そんなんじゃないって!・・・とにかくあっちへ行っててよ!』


『まぁ、いいけどさ・・・アタシあんたに大事な用があんのよねぇ』


『だ、大事な用って?』


『ねぇ、アップルティー入れてよ!アンタ淹れるの上手じゃない!今飲みたいの♪』


『アップルティーって・・・・』


《・・それが大事な用かよ・・・》


シンジは少しムッとした


アスカにしてみれば、いつものようにシンジに甘えていただけなのだが、この鈍感な少年にはそれがわからない


『アスカ・・・・悪いけど、今、大事な探し物をしてるんだ・・・・紅茶は、自分で淹れてよ・・』



“大事なもの”



・・・感傷的になっているアスカの心にその言葉が突き刺さった


『・・・何ですって・・・』


心がざわめくのを感じる


だが、我慢した


今日という日を、台無しにしたくなかったから・・・




『・・・もう一度言ってご覧なさいよ・・・』


『・・・えっ?・・』


『・・・アタシ以上に大事なことなんてあるわけ?』


『な、何言ってるんだよ、アスカ!?』


『・・・いいから・・・さっさと淹れなさいよ!アタシの方が先よっ!!』


アスカは・・・努めて穏やかに言ったつもりだった


だが、傍目にはどうみても高圧的にしか映らない


流石のシンジも、これには少し腹を立てた


『紅茶ぐらい、自分で淹れられるだろっ!』


『・・・なっ!?』


予想外のシンジの反撃にアスカはついカッとなる


『ばかぁっ!!アンタが淹れてくれなきゃ意味ないじゃない!どうしてわかんないのよっ!!』


勢い余って・・・シンジの胸をドンと押してしまう


『わっ!?』


足元に散乱した荷物に躓いて、シンジは大げさに倒れた


『・・あ・・・ご、ごめ・・ん・・・・』


出してしまったその手をあわてて引っ込め・・・小さく呟く


《アタシのバカッ!・・・今日は・・・ケンカしたくないのに・・・・》


どうにも勝気なこの性格は、自分でもどうにもならない


上目遣いに恐る恐るシンジの様子を伺う


すると


『・・・・・!?』


荷物の山に倒れた拍子に、どうやらシンジは探し物を見つけたようだった


『・・あ・・・あった!』


それは、モザイク(象眼細工)を施した5cm角くらいの小さな木箱だった


よほど大切なものが入っているらしく、アスカに押し倒された事など・・・・忘れているかのようだった




『・・・なに・・・よ・・・』




その様子を見たアスカの心はさざめいた・・・・


よりによって、今日という日に自分以外のものに気を取られているシンジに我慢がならなかった・・・・


『何よ!こんなものっ!』


つい、手が動く


アスカはその箱をシンジ取り上げ、窓から投げつけようとした


・・・が


『やめろおっ!!』



『ひっ!?(ビクッ!!)』


シンジはアスカの腕を掴み、ギリと強く握り締める


『・・・あ・・・う・・・い、痛いっ!!』


あまりの痛みに力の抜けたアスカの手から、シンジは箱を取り上げた




・・・心が・・・痛かった・・・




《・・・シンジが・・・アタシに向かって本気で怒るなんて・・・》


自分がどんなに我侭を言っても決して怒ったりしない


自分にだけは・・・優しい・・・はずだったシンジ・・・・




『やめてよっ!いくらアスカでもそれ以上やったら僕・・・』




容赦のない言葉がアスカを追い詰める


泣いたばかりで緩んだ涙腺から涙がじわりと滲む


シンジの言葉は、慰めを期待していたアスカの想いを知らずに打ちのめしていた


シンジに咎められて・・・あまりに哀しくて・・・・アスカの頬を涙がぽろぽろと零れた




『・・・ぐすっ・・・』




『・・・えっ・・・!?』


それは・・・シンジが予想だにしなかった光景だった


『・・・ぐすっ・・・ひっく・・・・シンジの・・・・ばかぁ・・・』


不覚にも、アスカはシンジの前で泣き出してしまう


《・・・ア、アスカ・・・》


シンジは、まさかアスカが泣き出すなんて夢にも思っていなかった


自分が泣かされる事はあっても(汗)、その逆は決してあり得ないと思っていた・・・・のだが・・・


『あ、あの・・・・アスカ・・・・ごめん、泣かないでよ・・・・』


『うわ〜ん、ばかばかっ☆』


アスカは廊下にしゃがみ込み、わんわんと泣き始めた


《・・ど・・どうしよう・・・》


傍から見ると、まるで女の子を泣かしてしまった小学生の男の子といった風である


『・・ごめん・・・ごめんねアスカ・・・』


むせび泣くアスカの背中に触れる



一瞬、びくりとする



そしてアスカはシンジの方を振り返ると、涙でぐしゃぐしゃになった顔でキッと睨み返した


『・・・何よ・・・そんな箱ばっかり大事にして!・・・ぐすっ・・・もう知らないっ!』


そう言うと、アスカは泣きながら部屋へ走り込み、バタンと戸を閉めとじこもってしまった


あとには呆然と立ちすくしたままのシンジだけが取り残された




『・・・アスカ・・・一体、どうしちゃったんだよ・・・』














『ただ〜いま〜♪』


場にそぐわない陽気な声が、玄関先から聞こえてくる


『いや〜三十路前に徹夜はこたえるわねぇ(涙)・・・あら、シンちゃんどうしたのコレ?』


足元に散乱した荷物に驚いてミサトは言った


『あ・・・ミサトさん、お帰りなさい。ちょっと・・捜し物をしてたから・・・すぐ片づけますから・・』


『あわてなくてもいいわよ♪・・・で、捜し物は見つかったのかしら?』


『え・・ええ、まあ・・・』


シンジはおずおずとモザイクの箱をミサトに見せた


『綺麗な箱ねぇ♪見つかって良かったじゃない♪・・アスカ喜ぶわよ、きっと♪』


『・・えっ・・?・・・アスカって・・!?』


『とぼけちゃってコノ〜♪今日はアスカの誕生日じゃなあい♪』




『・・・・・あっ!』





『あ〜あ、14才かぁ・・・いいわねぇ、若いって・・(涙)・・・・ん?・・どうしたの?シンちゃん?』


《・・忘れてた・・・そうか・・それであんなに・・・》


シンジは無言で立ち上がり、アスカの部屋へ向かおうとした


すると・・・・


『あ、シンちゃんちょっと待って!』


ミサトがシンジを呼び止めた


『これ、アスカに渡してあげて・・・』


『・・小包!?・・・何ですか、これ?』


『・・ドイツの、お母さまからよ・・・アスカの・・・』


『・・・お母さん!?・・アスカの?』


『娘の誕生日ですもの・・・ま、色々あるのよ・・』


『・・・?』


ミサトは言葉を濁したが、シンジにはその真意はわからなかった


『アスカはね、シンちゃんに慰められてる部分って、結構大きいと思うのよね・・・今日は“特別な日”なんだから、しっかりエスコートしてあげなきゃダメよ♪』


『・・・はい・・』









《・・・アスカ・・・・ごめんよ・・・》
















アスカは、ベッドにひとりうつ伏せて、すすり泣いていた


『うっ・・うっ・・ぐすっ・・・ひどい・・こんなのってないわ・・・・シンジの・・・・ばかぁ・・・・嫌いよぉ・・・』


アスカは既に感極まっていた


『・・・もおいやっ!・・・なんでアタシが・・・このアタシがこんな思いしなきゃなんないの・・・』



すると・・・



『・・・アスカ・・・』


《・・・えっ!?》


『・・・アスカ・・・・入っていいかな?』


『・・シンジ!?・・・』


『・・・あの・・・』


『・・・いやっ!!入って来ないでっ!!』


『アスカ・・・さっきは・・・ごめん・・・言い過ぎたよ・・・・』


『何よ今更っ!・・・謝るくらいなら、はじめからあんなひどい事いわなきゃいいじゃない!』


『・・・ごめん・・』


『知らないっ!』



『・・・あの、アスカ・・・』





















『・・・なによ・・』







『アスカに・・小包が届いてるよ・・・ドイツの・・お母さんから・・』


『え・・ママから?』


『ここに置いておくよ・・・』


そういうと、シンジはアスカの部屋の前を後にした





『ガタン☆』


シンジの気配が遠ざかったのを確認してから、アスカはそ〜っと戸をあけた


そこには、両手で抱えるほどの小包と、湯気を立てたアップルティーが添えられていた




『・・・・ばか・・・』




アスカは鼻声ですすり泣きしながら、ティーカップに口を付け、冷え切った体に熱い紅茶を流し込んだ




『・・・あったかい・・』




薄氷のようなアスカの心を、一口のアップルティーが溶かしていった










アスカは少し落ち着くと、継母からの小包が気になりはじめた



そこには、一枚の手紙が添えられていた



『・・ママ・・・』



アスカはお気に入りのヘンケルのペーパーナイフで封を切り、手紙を読み始めた






『アスカちゃん、14才のお誕生日おめでとう。

元気にしてるかしら?アスカちゃんの活躍はネルフドイツ支部からの知らせで聞いています。頑張っているみたいですね。

ヴィルヘルムスハーフェンはもう雪です。日本は今でも雪が降るのかしら?

パパもお姉ちゃんもアスカちゃんに逢いたがっています。もちろんママもね♪

お誕生日のプレゼントを送ります。気に入ってくれると嬉しく思います。

それじゃあ頑張ってね。また逢える日を楽しみにしています


追伸. 先日、・・・・・・』






『・・・気ィ使っちゃって・・』


アスカは読みかけの手紙を置き、包みを開けた


贈り物の中身は洋服、それも漆黒のベルベットのワンピースだった


そしてそれに合わせてコーディネートされた品々・・・・まだあどけなさの残るアスカによく似合う大振りのアクアマリンのピアスに、アネモネをモチーフにしたブルーのコサージュ、SALのバッグ、バックスキンのブーツに至るまでが、トータルにコーディネートされていた


『・・・素敵・・♪』


アスカはワンピースを胸に当て、小躍りしながら姿見の前に立った


清楚な装いはアスカの美しさと気品を程よく引き立てていた


彼女の事をよく知ってなければ、こうは選べないであろう


日本に初めて訪れた時に着ていた黄色のワンピースやチョーカーも、継母の見立てだった


その事を思うと、アスカは胸が痛くなった


アスカの碧い瞳に翳りが生じる・・・


『・・一生懸命ママを演ろうとしてるのはわかってるわよ・・・』


アスカの瞳は、涙で潤んでいた・・・


『・・でもダメなの・・アタシのママは、ママだけだもの・・・』


アスカはワンピースをクローゼットに掛け、そのままベッドに倒れこんだ


『・・・アタシ・・・・いやな子ね・・・』


継母はもう随分前からアスカを愛そうと努力していた・・・


いや、多分もう愛していたのかも知れない・・・


だがアスカはその気持ちを知りながら、それに応える事が出来なかった


『結局、復讐してるのかもね・・・あの時の・・・』


やさしくされればされる程、継母を愛せない自分の姿が浮き彫りになるようで・・・・・


その事が一層アスカを苦しめていた


『・・・だって・・・出来ないんだもの・・・・』


『・・・つらいんだもの・・・苦しいんだもの・・・』



『本当のママでさえ、アタシを見てくれなかったんだもの!!ママがアタシの事を愛してるわけないわっ!!』



『信じられるわけないじゃないっ!!』



『もおいやっ!』



『・・・お願い・・誰か・・・アタシを楽にしてよ・・・』



『・・・つらいの・・・・もう我慢できないの・・・・』


アスカは枕に顔を埋め、嗚咽した・・・







枯れる事のない涙が、枕を濡らしていた
























どれ位の時間が流れたであろうか・・・


いつしかアスカは泣き疲れ、ぼんやりと天井を眺めていた・・・


もう、これで何度目だろう?


誕生日はいつもそう・・・


いつも人知れずこうして・・・・泣いていた・・・




『・・・・大分・・・・すっきりしたかも・・・・』




涙が枯れるまで泣き続け・・・そこからスウィッチバックするのがアスカのいつものやり方だった


『・・・なんでだろ・・・』


『・・・・今年は・・・・特にひどいみたい・・・・』


それはシンジのせいであると自覚していたが、あえて口にはしなかった


『・・・あしたになれば、きっと元気になれるわよ・・・・ねぇ、アスカ・・・』


自分に言い聞かせるように呟きながら、寝返りを打つ


散乱したままの贈り物が目に映る



『・・・あ・・・片付けなきゃ・・・・』



アスカはけだるそうにベッドから起き上がると、それらを片付け始めた







と、その中に一つだけ包装にくるまれていないものがあった



『・・・あら?・・何これ?』



それは、掌にのる位の、小さなキルトの巾着だった







『・・・何だろ?』


アスカが中を覗いてみると・・・・


『・・・?・・・・・あっ!?』





中に入っていたのは、桜色の小さなシェルのブレスレットだった





『・・・・うそ・・・・!?』



そういえば、手紙にはまだ続きがあった


アスカはあわてて継母からの手紙の続きに目を走らせた





『・・・・追伸. 先日、お部屋を大掃除していたら、アスカちゃんが小さい頃に大事にしていたネックレスが出てきました。

チェーンは大分痛んでいたのでブレスレットにして直しておきました。

これも一緒に送るわね♪

これを見つけた時、懐かしさでママは思わず泣いてしまいました(可笑しいわね♪)』






『・・・ママ・・・』




・・・胸が痛い・・・


・・・涙で・・・次第に文字が滲んで読みづらくなる・・・


この人を・・・・・継母を信じてその胸に飛び込めたらどんなにいいだろう・・・・


アスカはそう思った


でも、それはアスカにとって、何よりも出来ない事であった






『・・・ありがと・・・ママ・・・』






そう言うのが、アスカに出来る、精一杯の感謝の気持ちであった







『・・・・・まだ、残ってたんだ・・・・・・』


アスカは軽い驚きと共に、懐かしそうにそれを手にする


それはアスカが五才の誕生日を迎えた時の、思い出の桜貝だった


『そういえば、あの子・・・今、どうしてるかなぁ・・・・』


アスカは桜貝のブレスを手首に巻いた


・・・・すると・・・




『・・・あ・・・』




急に目の前が真っ白になった



・・・そして・・・・



『・・・何・・・これ・・・』



アスカにとって忘れようとしても忘れられない風景・・・・



それは・・・つづら折りの煉瓦の小径の上に、どこまでもどこまでも続いている白い線路だった・・・・



『・・・うそ・・・・どうして・・・』


その言葉とはうらはらに、アスカはその光景を懐かしい瞳で眺めていた



『・・・夢・・・なの・・・?・・・これって・・・・』



アスカの心は、その見覚えのある線路づたいにゆっくり・・・ゆっくりと・・・・刻を・・・遡り始めていた



『・・・この線路・・・あの時は、あんなに嫌だったのに・・・』



その線路の行き先は、思い出の"あの場所"へと続いている・・・・そう思っただけで、胸の高鳴りを抑えられなかった・・・・




・・・そして、時間の旅の終着駅が徐々に近づいていた・・・・



そこには、煉瓦の径の上に、夢中で白チョークの線路を描いている男の子と、その傍らでお人形を抱きかかえながら不機嫌そうにしている女の子の姿があった・・・





















『ねぇ、イーちゃんてばぁ、おままごとしようよぉ♪』


お人形を抱えながら女の子は言った


『待ってよ、もうちょっとだから♪』


『んもぅ、イーちゃんてばそればっかりぃ!』


もう待ちきれないとばかりに女の子はイーちゃんに抱きついて揺さぶり始めた


『もおダメっ☆アスカと遊ぶのぉ〜!』


『わっ☆ダメだよアーちゃん、曲がっちゃうよぉ!』


『・・・だって、イーちゃんアスカと遊ぶって言ったもん・・・』


その女の子、アスカは泣きそうになりながらイーちゃんにうったえた


『しょうがないなあ、じゃ、ちょっとだけだよ!』


『えへへ♪イーちゃん大好きっ♪それじゃイーちゃんお花屋さんねっ♪』


『ええ〜っ!?やだよう!』


『ダ〜メッ☆・・アスカを待たせた罰なんだからぁ☆』


『僕は兵隊さんがいいのに・・・』


イーちゃんは渋々煉瓦の上にお花屋さんを描いて、そこに白チョークのひまわりをぽつんとのせた







そこは、アスカの生まれ育った街、ドイツのヴィルヘルムスハーフェンの船着場であった


ドイツ帝国初代皇帝ヴィルヘルム1世の名を冠するその街は、19世紀半ばより150年も続く由緒ある軍事港湾都市である


イーちゃんはここに最近引っ越してきた男の子なのだが、ここに越してくるということは、親が軍関係者か、その筋の技術者と相場が決まっていた


アスカの母であるキョウコも例に洩れず、ここでエヴァとパイロットのハーモニクスを研究する科学者であった


血生臭い歴史を持つこの街も、20世紀末には日本の佐世保と共に『脱・軍事港湾都市』の旗印を掲げていた時期もあった


だが、例の『セカンドインパクト』勃発以来、その夢は潰えていた



セカイン勃発以来、国連は弱体化し、世界は再び混沌とした時代を迎えていた


事態を収拾させるため、キール議長を擁するゼーレが表舞台に立ち、武力でこれを鎮圧


世界は一応の平和を取り戻す事になるのだが、そのキールの拠点、ゲヒルンドイツ支部が置かれているのが、ここヴィルヘルムスハーフェンであった


世界中の頭脳が、ここに集結していた


かような理由でこの街はかつての賑わいを取り戻し、通りには軍関係者が溢れかえっていた


軍服や装甲車両を目の当たりにしながら、アスカをはじめとする子供たちはそれを日常として育っていた







イーちゃんとアスカが煉瓦径にらくがきのおままごとをしてると、そこに一台の自転車に乗った子供と、それを取り巻く集団がやってきた


『・・なんだろう?あれ?』


イーちゃんが不思議そうにたずねた


『3丁目のアルよ。お誕生日に自転車買ってもらったんだって!しかも補助輪ついてないの!』


『へえ、すごいなあ!』


『でもアルったらズルいんだもん!乗さしてくれないの・・』


子供たちの声が聞こえてきた


『次は僕にも乗せてよ!』


『ダメだよ!もうちょっと乗ってからっ!』


『ねえ、いいじゃんかよう!』


『じゃあ、走ってついてこれたら貸してあげるよ!』


アルはすっかり人気者の座を得てご満悦だった


『ねぇ、アーちゃん、僕たちも行こうよ♪』


イーちゃんは手に持っていたチョークを放り投げた。乗りたくてうずうずしていた


『・・うん♪』






二人はアルの自転車を追いかけた


イーちゃんはかけっこが早かったから、アルにぐんぐん追いついていた


でも、まだ4才のアスカはみんなについていけなかった




『ねぇ、待ってよう!』


たどたどしい歩みでアスカは一生懸命みんなを追いかけた


でも、みんなはどんどん遠ざかっていった


『はぁっ、はぁ・・・待ってよう・・・あっ!』


息切れしたアスカは足がもつれて転んでしまった


お気に入りのズックも片っぽが脱げていた


ブレーメンの音楽隊よろしく、子供たちを引き連れた自転車の陰は、もうはるか遠くに見えているだけだった


おいてきぼりにされたアスカは、もう半べそをかいていた


『・・うっ・・・・ぐすっ・・・・おいてかないでぇ・・・・えっ・・えっ・・・・』











『・・・アーちゃん、大丈夫?』


『・・ぐすっ・・・?・・・あ・・・・イーちゃん・・・』


イーちゃんは、アスカの姿が見えないのに気づいて戻ってきてくれていた


『大丈夫?痛くない?』


イーちゃんは脱げてしまったズックを拾ってきてアスカに履かせてくれた


『うん・・ありがとう』



イーちゃんはアスカの両脇を抱えて起こしてくれた


おませなアスカはちょっとはにかんだ


『・・ねぇ、イーちゃんはみんなのとこにいかないの?』


アスカは照れ隠しに話題をアルの方に振った


『うん・・・でもいいんだ・・・アーちゃんがひとりぼっちになっちゃうから・・』


アスカの服の埃を払ってあげながら、イーちゃんは優しく微笑んだ


『・・・・イーちゃん・・・・』


アスカは、何故か自分にだけはやさしくしてくれるイーちゃんが好きだった






『ねぇ、イーちゃんのパパは兵隊さんなの?』


『違うよ。でも、何か偉い人だってみんなが言ってる・・・・アーちゃんのパパは?』


『アタシのパパは、あんまり偉い人じゃないみたい☆アルのパパだってパン屋さんなのよ♪・・・でもママは偉い人なの・・』


『へえ、すごいなあ、ママが偉い人なんだ』


『・・うん・・でも、ママは病気なの・・・アスカの事、見てくれないの・・・』


『・・・アーちゃん・・・』


『・・僕もね・・・ママが僕の事、見てくれないんだ・・・』


『・・!?・・・イーちゃんも?』


『・・うん・・だってもう死んじゃったから・・』


『そうなんだ・・・イーちゃんかわいそう・・』


『うん・・・でもアーちゃんがいるからさみしくなんかないよ』


『・・あ・・あたしも・・・』


アスカは照れながらうなずいた




『・・イーちゃん・・・』


『なあに?アーちゃん?』


『・・アスカね・・・もうすぐお誕生日なの・・・でも、誰もお祝いしてくれないの・・・』



『ママが病気だから?』


『・・うん・・』


『でも、パパは?』


『・・パパはママがきらいなの・・・パパはよその子のパパになるんだって、ママがいってたの・・・』


『そうなんだ・・・アーちゃんかわいそう・・・』


『・・・うん、かわいそうなの・・・』


『・・・・それじゃ、僕と同じだね』


『えっ?』


『・・僕の誕生日の時も、誰もいなかったんだ。おかあさんは死んじゃったし、お父さんはいつもお仕事が忙しくて会えないんだ・・』


『そうなんだ・・・』


アスカは、ひとりぼっちなのは自分だけじゃない事を知り、ちょっぴりホッとした


『ねぇ、アーちゃん♪』


『なぁに?』


『そしたらさ、ぼくたちふたりで誕生日しようよ♪』


『え・・・でも・・』


『・・あのね・・』


イーちゃんは何か思いついたのか、アスカに小声で耳打ちをした


さっきまで落ち込んでいたアスカの表情は、見る見る上気して満面の笑顔になった


『ふたりの誕生日プレゼント、一緒に探そ♪』


『・・・・うん♪』








ふたりは船着場に沿って駆け出した


軍港を抜け、その裏手にまわった


そこには細々と漁をしてる小さな漁村の入り江があった


『こっちだよ、アーちゃん!』


『ま、待ってぇ、スカートが引っかかったの・・』



『あ、無理にひっぱらないで、やぶけちゃうよ!』


イーちゃんはバリケードの有刺鉄線に引っかかったアスカのスカートを丹念に解いた


『あ・・ありがと♪』


『うん、もうすぐだよ』







立ち入り禁止の区画を通り抜けると、そこには両側を岩場に囲まれた小さな小さな砂浜があった


軍港のすぐ近くの海なのでお世辞にもきれいとはいえないが、貝殻質の砂浜は白く輝いていた


『・・きれい・・♪』


『それじゃ、アーちゃん探そ♪』


『・・うん♪』


ふたりは小さな小さな砂浜にうずくまり、何かを探し始めた


イーちゃんはそこらじゅうの砂という砂を掘り返していた


アスカはズックの汚れを気にしながら砂の上をそ〜っと歩いた


『・・あ・・・イーちゃん!あったよ♪』


アスカはそれを手に取り自慢げにイーちゃんに見せた


『どれどれ・・・あ、ダメだよそれじゃ!二つくっついてるのじゃないと!』


『あ、そうだったね☆』


アスカはがっかりしてそれを砂の上に戻し、再び探し始めた


それから20分位探し続けただろうか・・・アスカはもうすっかり飽きてしまい、イーちゃんに構って欲しくてそばに寄ってきた


イーちゃんは相変わらず楽しそうに砂をほじくり返していた


《イーちゃんてば、ホントは遊んでるんじゃないの?》


あんまり楽しそうにしてるイーちゃんを見て、アスカはちょっと邪魔をしたくなった


『ねぇ、イーちゃん☆』


『ん?・・ちょっと待っててよ!』


『・・・ねぇ、イーちゃんて誕生日いつなの?』


『え?』


『誕生日よ☆誕生日☆・・アスカ、知らないもの・・』


『うん・・・・え〜とね・・・・忘れちゃった☆』


砂のついた手で頭をかきながらイーちゃんはこたえた


『うそぉ!信じらんな〜い☆』


『だって・・・誰もお祝いしてくれなかったから・・・ない方がいいかなって思って・・・そう思ってたら・・・忘れちゃった☆』


『・・あ・・・』


《イーちゃんてば、アスカと同じこと考えてる・・・》




ちっちゃなアスカは胸がズキンとした



『・・・アスカも・・・忘れたかったの・・・だって・・・』




アスカは自分にはもう誕生日はこないのではないかと思い、その日が来るのが怖かった


だから、忘れたかった・・・


『・・アーちゃん・・・』



イーちゃんは立ち上がると、まるで生きたショートケーキみたいなアスカのかわいい唇にそっとキスをした




『・・・ん・・』



とっさの事で、アスカはどうしたらいいかわからなかった


無論キスの意味など、ふたりにはまだわかるはずもなかった


だけど、こうしていると何故か心が穏やかになっていくのを感じる・・・・


それなのに、何故かアスカの頬を一粒の涙が零れた・・・




《・・・あれは・・・私の心ね・・・・》




《・・・大切なものを失ってしまった・・・私の・・・》




そんなアスカを、イーちゃんはぎゅっと抱きしめた









『・・・あ・・・イーちゃん、あれっ☆』


アスカはさっきまでイーちゃんがほじくり返していた砂の山の中にそれをみつけた


『あっ☆・・・あった☆』


イーちゃんは砂の山に駆け寄り、それを拾い上げた


『・・・きれい♪・・』


アスカは思わずため息を漏らした



それは、夫婦になった桜貝であった



『それじゃ、半分こにしようね♪』


そういうとイーちゃんは桜貝を指で押し開き、二つに分けた


そしてその一方をアスカの小さな掌の上にそっとのせた


『ママが言ってた・・・貝がらって、ぴったり合うのって世界にたった一つしかないんだって♪・・・だから、僕の貝殻とぴったり合うのは、アーちゃんのだけだよ♪』


『・・・イーちゃん・・・ありがとう・・・大事にするね♪』


『そうだ!アーちゃんのお誕生日に、桜貝をこうやって合わせようよ☆そしたら僕はアーちゃんに言うよ♪・・・「Herzlichen Glueckwunsch zum Geburtstag!・・・ Asuka」って♪』


『・・・すてき・・♪』


イーちゃんはアスカの掌の上のもう一方の貝殻に、自分の貝殻を重ねた


ふたりとも、すっかり有頂天になった


『・・・イーちゃんの誕生日にも、しようね♪』


『うん♪』


ふたりは、アスカの誕生日の日に待ち合わせの約束をした
























それは、西暦2006年12月4日の朝



5才になったアスカは待ち合わせの場所に来ていた


それは、イーちゃんがチョークで描いたお花屋さんの前であった




その日はいつもに比べて一段と寒かった


分厚い雪雲が空を覆っていた


いつもより厚着をしてきたアスカは、かじかんだ掌に息を吹きかけた


『イーちゃん遅いなあ・・・』


もうかれこれ一時間近く待ちぼうけをしていた


じっとしていたので、すっかり体が冷えていた


『・・・寒いよ、イーちゃん・・』





そこへ、自転車に乗った男の子が通りかかった


アルである


『あれぇ?アーちゃん何してるのこんなトコで?』


アスカに気づいたアルは自転車を止めて話しかけてきた


『あ☆・・・アル♪』


少し心細くなっていたので、自然と口調が明るくなる


『イーちゃんと待ち合わせしてるの☆・・でも、まだ来ないの・・・』


少ししょんぼりしてアスカは言った


『えっ・・・!?』


アルは少し驚くと、今度は困ったような表情で口ごもる


『・・・?・・・どうしたの?アル?』


いつも快活で思った事がすぐ口に出てしまうアルが、イーちゃんの事で黙り込むのに不審に思う


『・・・ねぇ、何か・・・知ってるの?』


『う・・・うん・・・』


問い詰められて、少し考えてから・・・そして意を決したようにアルはゆっくりとその口を開いた




『アーちゃん、あいつはもう来ないよ・・だから、待っててもしょうがないよ・・』




アルの口を切って出た言葉は、アスカを・・・凍りつかせた


『・・・うそ・・・・何・・・言ってるのよ・・・アル・・・』


アルの言っている意味がわからない


そして、急に怒りが込み上げる


『だって約束したもん!いいかげんなこと言わないでっ!』



予想通りの反応に困り果てるアル


アスカが、イーちゃんの事をお気に入りなのは誰もが知っている


《・・・でも、言わなきゃ!》


今度は努めてやさしく口を開いた


『いや、違うんだ・・・あいつ、パパが転勤になるとかで引っ越しちゃったんだよ・・』


『・・・うそ・・・・』


『・・・嘘・・・じゃないよ・・・昨日あいつとあいつのパパがうちにパンを買いに来てたんだ・・・うちのパパと話をしてたから間違いないよ・・・・・・あいつ・・・泣いてたし・・・』


『・・・いや・・・』


その話を聞いたアスカは、目に涙をいっぱい浮かべていた


アルはいたたまれなくなった


『・・今日は雨が降るっていってたから、アーちゃんも早くお家へ帰ったほうがいいよ・・・』


そういうとアルは自転車を漕ぎ、その場を立ち去った


アスカはショックのあまり、煉瓦の径の上にへたりこんでしまった


『・・イーちゃん・・・イーちゃん・・・・・逢いたいよう・・・・・ぐすっ・・・ひっく・・・』






雨は初雪に変わり、泣きじゃくるアスカを慰めるかのように優しく降りそそぐ






そして・・・イーちゃんの描いたお花屋さんは降り積もる雪に混じり・・・










・・・やがて・・・・見えなくなった・・・・





















『・・・イーちゃん・・・・イーちゃん・・・・・』


アスカは泣きながら寝言を繰り返していた


ふと、目が覚めると、もう夕方になっていた




『・・・・アタシ・・・・寝ちゃったんだ・・・・・』


アスカはゆっくり起き上がると、机の上の飲みかけのアップルティーを飲み干した


もうすっかり冷めていた


『・・・なんか・・・思い出したくない事まで思い出しちゃったなぁ・・・』




あの後、アスカは慰めが欲しくて入院中のキョウコに逢いに行った


だが、アスカを待っていたのは・・・慰めどころか、実の母親から向けられた生の”殺意”であった


半狂乱の末、キョウコは自殺


母親に先立たれ、父親にも見捨てられていたアスカは茫然自失となった


だが、エヴァのパイロットに指名された事が、皮肉にもアスカの運命の歯車を回し始めた


当時アスカの父は、浮気相手でありキョウコの主治医でもあった女医と結婚し、アスカを引き取った


エヴァパイロットとなったアスカを、世間的に無視することが出来なくなったというのが、本当のところだった


多感なアスカは、その事実を敏感に感じ取っていた


力を誇示することで自分の居場所を確保するという歪んだ生き方


それは、甘えん坊で泣き虫な女の子だったアスカを、血の滲むような凄惨な生き方へと向かわせる哀しい出来事であった




・・・強く・・・なるしかなかった・・・




『・・・イーちゃんがもし今のアタシを見たら、どう思うかしらね・・・』


いつかイーちゃんに逢いたい・・・その想いだけが、ずっとアスカを支えていた・・・


そのかけがえのない想いの証が、あの桜貝であった・・・・・


これまでに何度となくイーちゃんの居所を調べてみたが、余程の重要人物の子供らしく、追跡は不可能に近かった


何より致命的だったのは、当時4才だったアスカは、イーちゃんのフルネームをほとんど憶えていない事だった


心の支えを失ったアスカは、ただひたすら”力”を示し続ける事で、狂ったように邁進して生きてきた




そんな時に出逢ったのが、シンジだった


性格も・・・趣味も・・・ましてや好みのタイプでもないのに・・・・


何故か・・・自分の心にぴったりとはまる・・・


だから・・・忘れていられた・・・のに・・・




『・・・アタシってばかね・・・・イーちゃんの名前も忘れちゃうなんて・・・・』



『・・・・・なんか・・・・・疲れちゃった・・・・・』



『・・もう・・・どうでもいいわよ・・・・・』



『・・・約束したのに・・・・イーちゃんの・・・・・ばか・・・・・』






『・・・・シンジの・・・・・ばか・・・・』



もう、涙も出なかった

















『・・・アスカ・・・・起きてる?』



『・・・・・・・・』



『・・・入って・・・・いいかな?』




『・・・勝手にすれば・・・』



『・・・うん・・・じゃ、入るよ・・・・』



『・・・・・・・』



『・・・・・』



『・・・何よ・・・何か言えば・・・・』



『・・・ごめん・・・』



『・・・アンタってそればっか・・・』



『・・・だって、僕には謝ることしかできないから・・・・』



『・・・ホントにバカ・・・』



『・・・ごめん・・・』



『・・・別に・・・アンタに謝ってなんか欲しくない・・・』



『・・え・・でも・・・』



『・・アタシはただ・・・』



『・・・ただ?』



『・・知らないっ☆・・・自分で考えれば?・・・』



『・・・イヤなんだ・・・』



『・・・・えっ?』



『・・・もう、誰かを傷つけるのはイヤなんだ・・・』



『・・・何それ?・・・』



シンジは応えない



『・・・・・・勝手な言い分ね・・・・・じゃあ何でアンタはここにいるの?』



『・・・・・・』



『そんなつまらない事を気にして、アタシを無視して・・・・なのに何でアンタはここにいるのよ!』



『・・・・つまらない事なんかじゃない・・・アスカには、わからないんだ・・・・・自分じゃどうしようもない事だって、あるんだ・・・・・』



『だから諦めるわけ?謝れば済むと思ってるんだ・・・・冗談じゃないわ!アタシをちゃんと見てくれないんだったら、今すぐここを出て行って!』



『・・・アスカ・・・』



『もう・・・どうしてアンタはそうなのよっ!・・・アンタの事・・好・・・・なのに、ちっともアタシの事愛してくれないじゃない!』



『・・・ごめん・・・』



『もおいやぁ・・・シンジなんか嫌い・・・』



『・・・ごめん・・・ごめんよ、アスカ・・・もう、泣かないで・・・』



シンジは泣きじゃくるアスカをやさしく抱きしめた


















『・・・好きだよ・・・アスカ・・・・』


















『・・・あ・・・・』





それは、アスカがずっと待ちわびていた言葉だった





嬉しくて、泣きそうになった







『・・・やっと・・・言ってくれたのね・・・』



『・・・ごめん・・・どうしても・・・・言えなかったんだ・・・』



『・・・遅いわよ・・・・ばか・・・』



『・・・ごめん・・・ずっと迷ってた・・・・でも、やっと気付いたんだ・・・・』



『・・・・・』



『僕には・・・・アスカ・・・・君しかいないって・・・』



『・・・あ・・・・・うん・・・・もう、いい・・・』



シンジの真剣な眼差しに耐え切れず、思わず目を伏せる




『・・アスカ・・・・』



『・・・なに?・・・』



『これ・・・受け取って欲しいんだ・・・』



それは、シンジが今朝方探していたモザイクの小さな箱だった



『・・これを?・・アタシに?』



『・・・うん・・』



『・・でも、これってシンジの大切なものなんでしょう?』



『・・・うん・・・この箱は、母さんの形見なんだ・・・こんなものしか、残ってないけど・・・』



『・・ダメよ!そんな大事なもの、アタシ受け取れない・・・・』



『だからこそ受け取って欲しいんだ・・・・僕にとって、一番大切なアスカ、君に・・・・・受け取ってもらいたいんだ・・・』



『・・・・シンジ・・・・・・』



『・・中・・・開けてみて・・・』



『・・ん・・』



アスカは箱を開けた・・・・そこには・・・・



『・・・えっ・・・!?』







『・・・・ああ・・・・まさか、これって・・・・・』







『・・アスカには、つまらない物に見えるかも知れないけど、僕の、大切な人との思い出のものなんだよ・・・・』




アスカは、おずおずとそれを手にした




・・・そして








それを手首に巻いたブレスレットへとそっと重ねた






















『・・・・イーちゃん・・・見て・・・』










『・・えっ!?』
















ふたつの桜貝は、ぴったりと重なり合った















『・・・あ・・・・・まさか・・・・・アーちゃん?・・・・なの?』





『・・ああ、やっぱり・・・・・・・・イーちゃん・・・ずっと・・・逢いたかった・・・』






『・・・うん・・・・僕もだよ・・・アーちゃん・・・』













『でも・・・シンジがイーちゃんだったなんて♪』


『はは・・・でも何か頼りなくなっちゃってごめんね、アーちゃん』


『ふふ・・・ホントねえ〜・・・でも・・・』


『でも?』


『・・・変わってないよ・・・・相変わらず、イーちゃんは優しい・・・』






『・・・・・・・・』



シンジは何だか照れくさくなり、目をそらす



アスカがアーちゃんだった事・・・・そしてアスカに面と向かって”優しい”って言われた事で、心臓が爆発しそうだった



そして・・・・



『・・・アーちゃん・・・僕、兵隊さんになったよ♪』



『・・・!?』



アスカの顔が、みるみる上気し満面の笑みへと変わる



『ふふっ♪ダメよ、イーちゃんお花屋さんよ♪・・・だって・・・・だって、こんなにもアスカを待たせた罰なんだから・・・・』




シンジは微笑みを返し、アスカはこくんとうなづいた・・・・



そして・・・・夕日に照らされた二人の影は、時を越えてようやくひとつに重なり合った








『・・・Herzlichen Glueckwunsch zum Geburtstag!・・・ Asuka!』(ハッピーバースディ・・・・アスカ・・・)






  zu Ende gehen






2005/8/25 ケータイ版に掲載